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“松下幸之助”と決別した中村会長の周到なる仕掛け

週刊ダイヤモンド編集部
2008年1月25日
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 「あれは、神のお告げやったんやなあ」――。
 
 「松下」「ナショナル」を捨て、社名と商品ブランドを「パナソニック」に改めることを決議した1月10日の臨時取締役会が散会すると、松下正治名誉会長はぽつり、そうつぶやいた。

 1927年に、「国民の必需品になるように」と、創業者である松下幸之助氏が自転車用の角型ランプを「ナショナル・ランプ」と名づけて大ヒットさせて以来、「ナショナル」は国民的ブランドとなった。だが、60年代初めに米国進出を試みた際、「National」は米大手家電メーカー、RCAの欧米における登録商標だったことから、やむなく採用したのが 「パナソニック」だったのだ。

 「社名とは別の複数のブランドを持つ会社は、世界の優良企業にまれだ」。

臨時取締役会後の記者会見で大坪文雄社長はこう語った。確かに、「グローバルエクセレンスへの挑戦権を得る」(大坪社長)には、社名とブランドの一本化は至って合理的だ。

 だが、実際に踏み切るには、あまりにも重いメンタルブロック(心理的抵抗)が予想された。創業家、「ナショナル」を掲げてきた国内家電事業、系列店、そしてなにより、同じく「ナショナル」を担ぎ、われこそが本流との自負の高い松下電工が反旗を翻すのではないか、という懸念である。

 それを払拭できたのは、中村邦夫(なかむら・くにお)会長の強いリーダーシップがあったからにほかならない。

 2000年6月に社長に就任して以来、事業部制の廃止、2万人の人員削減、松下電工の連結子会社化など、創業者の否定にも映りかねない、聖域なき構造改革を次々と断行してきた。

 幹部の話を総合すると、中村会長はかなり早い時点で、「パナソニック」改称を改革の総仕上げにし、創立90周年にぶつける、との腹づもりができていた節がある。

 昨年9月には、10人ほどの若手の中核メンバーからなる社長直轄のプロジェクトが隠密裏に発足、企画と調整に動いた。そこには松下電工の幹部も加えられた。この周到な仕掛けが、メンタルブロックを取り払ったのだろう。

 社内の軋轢や摩擦を覚悟のうえで構造改革を継続したり、成長のためのリスクを取ったりするより、自らの平穏なリタイアを優先し、緩やかな衰退を選択する経営者は少なくない。中村改革は、彼らに対する完璧なアンチテーゼだった。

(『週刊ダイヤモンド』副編集長 遠藤典子)

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