麹町経済研究所のちょっと気の弱いヒラ研究員「末席(ませき)」が、上司や所長に叱咤激励されながらも、経済の現状や経済学について解き明かしていく連載小説。引き続き嶋野主任の甥・ケンジを相手に、今回は、経済“モデル”とは何か?を考えます。(佐々木一寿)

「あのー、素朴な質問なんですけど…」

 ケンジはいまさらながらなのですがというように、申し訳なさそうに言った。

「こう言うとなんですが、叔父さんと末席さん、お2人ってなんとなく変わった人ですよね」

 叔父の嶋野主任は、ユニークだといわれることが研究者として誇らしい、といった表情をしている*1。一方、末席研究員は、いたいけな大学生に「変人」だと言われたことに、ショックを隠し切れないでいる。

*1 一般に、研究者の論文にはユニークさが求められる。新規的であればあるほど、そしてそれがきちんと論証されていればいるほど、その評価は高い。

 ケンジは末席に申し訳なさそうにしながら、自身の質問を続ける。

「たとえば、『自由』と『平等』って、両方大事だと思うんですが、なぜお2人はそれぞれを極端にした意見を2つ作って、対立させようとするんですか。それってなんか、現実的ではない気もします」

 この指摘には叔父の嶋野は大いに喜んだが、ケンジはなぜ叔父が喜んでいるのかわからない。やはり叔父はユニークすぎる、と思いながら、ケンジはショックから立ち直ろうともがいている末席に立ち直りの機会を提供すべく、返答を求めた。

「なるほど。フランスの三色旗にも謳われる『自由』『平等』『博愛』*2を引き合いに出すまでもなく、自由と平等はどちらもなくてはならないものですね。それをなぜ極端に先鋭化させて論じるのか、ということですね」

*2 諸説あるなかの一説で、仏語のLiberte, Egalite, Fraterniteの日本語訳。

 立ち直り気味の末席を見て、ケンジは嬉しそうにうなずいた。末席はなんとか先を続ける。

「ケンジくん、それはね、じつは、現実がフクザツすぎるからなんですよ」

 ケンジのアタマのなかは、「?」でいっぱいになっている。末席は解説を続ける。