ダイヤモンド社のビジネス情報サイト
起業人

“食の国際化”を目指す元金融マン
ポート・ジャパン・パートナーズ社長 高橋世輝

週刊ダイヤモンド編集部
【第29回】 2008年4月25日
著者・コラム紹介バックナンバー
1
nextpage
ポート・ジャパン・パートナーズ社長 高橋世輝
ポート・ジャパン・パートナーズ社長 高橋世輝

 「ポルトガル料理は日本人になじみが深いんです。カステラや南蛮漬けはもちろん、天ぷら、コロッケもポルトガルから伝わったもの。日本語の“パン”もポルトガル語が語源です。ポルトガルでは日本のように魚の炭火焼きを食べるし……」

 料理について話し出すと止まらない、そんな高橋世輝が展開するレストランは、どれも珍しい国の料理ばかりである。ポルトガル料理、オーストラリア・ニュージーランド料理、シュラスコ(ブラジルの肉料理)、シンガポール料理など。「東京には世界中の料理があるというが、知られざる料理はまだまだある」。

 世界の多様な料理に精通する高橋だが、7年半前までは外食とはまったく無縁の業界にいた。

 台湾で生まれ育った高橋は、10歳から高校までを母国の日本で過ごした後、米国へ留学。卒業後、日本でモルガン・スタンレー証券に入社。国内金融法人や香港・シンガポールの日本法人などを相手に、債券営業を行なった。当時の日本はバブル経済の狂乱期。高橋は昼夜を問わず仕事に没頭した。

 だが、1991年のバブル崩壊後、高橋の関心は香港へと向いていった。1992年初めには中国の最高指導者だった鄧小平(とう・しょうへい)の、いわゆる「南巡講話」で経済成長重視へと舵を切り、中国返還を控えた香港は激変しつつあったからだ。

 国際化が進む金融の世界に身を置く高橋にとって、経済発展の著しい香港へ移住することになんら抵抗はなかった。

 1992年には、モルガン時代のつてで、香港の某財閥の資産運用責任者となり、証券、不動産、プライベートエクイティなど、さまざまな投資を取り仕切った。

 だが、1995年、実父の訃報を受け、再び日本に帰国。香港のヘッジファンドの日本代表などを行ないながら、次なる商機をうかがった。

1
nextpage
関連記事
スペシャル・インフォメーションPR
クチコミ・コメント

DOL PREMIUM

PR
【デジタル変革の現場】

企業のデジタル変革
最先端レポート

先進企業が取り組むデジタル・トランスフォーメーションと、それを支えるITとは。

経営戦略最新記事» トップページを見る

最新ビジネスニュース

Reuters

注目のトピックスPR

話題の記事

週刊ダイヤモンド編集部


起業人

先達の苦難の道のりには、汗と涙に彩られた無数のドラマがある。そして、起業家達の苦闘の中には明日への成功のヒントとノウハウが凝縮されている。

「起業人」

⇒バックナンバー一覧