TPP参加の意義

TPP交渉参加で得るもの、失うもの<br />――国際基督教大学客員教授 八代尚宏やしろ・なおひろ
国際基督教大学教養学部客員教授。経済企画庁、日本経済研究センター理事長等を経て、2005年より現職。著書に『労働市場改革の経済学』(東洋経済新報社)、『新自由主義の復権』(中公新書)などがある。

 3月15日に安倍晋三総理のTPP(環太平洋経済連携協定)への交渉参加表明がなされた。もっとも、日本の交渉参加には、米国等、関係国の承認が前提となることや、すでに合意された内容を一方的に受け入れざるを得ないなど、改めて交渉開始からの2年間を浪費したコストの大きさが再認識される。

 TPPは、2006年に、シンガポール、ブルネイ、チリ、ニュージーランドの4ヵ国で発効した地域経済連携協定であり、現在では12ヵ国が交渉に参加している。これに2010年に米国が参加を表明した際に、当時の管直人総理が2011年の年頭所感で、「平成の開国」という表現でTPP協議を進める方針を示したが、反対派の抵抗で今日まで放置されてきた。

 2012年までの加盟国や交渉中の国に日本を加えたGDPを合計すると、その9割以上を日米両国で占める、事実上の「日米間の経済連携協定」といわれる。しかし、今後、日米両国と経済関係の深いアセアン諸国が加われば、いずれ中国や韓国も参加せざるを得なくなり、その規模は一層拡大する。

 TPPでは、2015年までに加盟国間で、工業製品、農産物、金融サービス等、全品目の関税を10年以内に撤廃することを目標としている。また、それ以外にも自由な貿易取引を阻害する非関税措置や、知的財産権の保護、及び国内市場で外国企業に対する差別的取扱い等の禁止も含まれている。

 こうしたTPPへの参加に対して、「米国政府の政治的圧力に迎合し、国益に反するもの」という、ナショナリズムに訴える反対論がある。しかし、米国企業の日本進出を促す圧力に抵抗することは、日本の生産者の利益に過ぎない。日米企業間競争の活発化で利益を受ける消費者の立場も踏まえて「国益」を考える必要がある。

 日米貿易摩擦でも、米国政府の要求した携帯電話の自由化や大店舗法の緩和は、肝心の米国企業の利益ではなく、日本企業の活発な新規参入を促し、消費者に大きな利益をもたらした。現在の国際化の時代では、日本の消費者にとっては、日本企業でも外国企業でも、国内で良い商品やサービスを提供する企業が増えることは、それ自体が望ましい。また、増え続ける日本の対外直接投資に比べて、伸び悩んでいる対内直接投資を促進することは、新規参入者との競争を通じた国内の産業活性化と雇用機会を増やす大きな要因ともなる。

 政府は、TPP参加により3.2兆円の純利益があるとの試算を公表した。しかし、これは関税撤廃による直接効果のみであり、非関税障壁の改革も含め、参加国の間で貿易や投資が活発化することも含めれば、その数倍の効果が期待される。