ちなみに、市の避難場所に指定され、避難訓練も行われていた閖上公民館の2階は389m2で、収容可能人員は250人。隣の「市働く婦人の家」の2階と併せると、400人収容できたとされる。

 やや高い敷地に立地していた両施設の2階は、結果的に津波に飲まれることはなかった。

 また、同年7月31日付の回答書によると、避難誘導の検証の必要性について、市はこう見解を示している。

<市では、宮城県から示されていた被害想定では、名取市に想定されていた津波の最大高さが2.6メートルでありましたことから、閖上公民館を避難場所として指定しておりました>

<被害の原因と検証につきましては、震災の記録と合わせて取り組んでいるところであり、完成しましたら公表したいと考えております>

公民館は耐震工事されないまま
避難所に指定されていた

 改めて、同市教育委員会の担当者に確認したところ、こう説明した。

「当時の公民館長から聞き取りも行ったが、中学校へ逃げろと言ったのは、消防署員か消防団員か、記憶がないとお話しされている。誰かからの指示なのか、現場の思いなのかもわからない。また、ラジオを聞いていた方から、(10メートルの津波が来るという放送なので)“逃げたほうがいいんじゃないか”という声が上がるのも聞いて、館長として“ここよりも高い所がいい”という指示を判断されたのだと思う。そんな中で、避難を始めたのが早くて(中学校で)助かった方もいる。多くの方が亡くなっていますけど、本人の話を聞いてると、それが原因という可能性もあるし、ない可能性もあると思っている。そのときの判断は、いろいろだったのかなと思っている」

街がなくなり、閖上中の校舎から海が見えるようになった。閖上公民館のあった場所は、窓から見える寺院(三角屋根)の手前
Photo by Y.K

 その公民館では、耐震工事が行われていなかった。にもかかわらず、防災施設として避難所に指定され、ふだんから避難訓練が行われていた。

 市教委によると、震災以降、問われてきた真実の解明については、これから発足する検証委員会の中で関係者が集まって、明らかにされていくという。

 いま閖上地区で起きていることから、私たちは何を学ぶべきなのか。万一のとき、地域防災計画の中で定められている指定避難所が本当に安全なのかどうか。少なくとも、もう一度、自ら確認しておく必要がある。

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