世界じゅうで活躍する
目的(パーパス)に目覚めた人

 2006年にノーベル平和賞を受賞したムハマド・ユヌス氏は、「金融機関が相手にしない貧困層の人たちを経済的に支援することを通じて、彼ら一人ひとりが生活の向上を追求できる社会をつくる」ことが目的(パーパス)であり、その実現のために「マイクロクレジット」を発明し、グラミン銀行を立ち上げました。

 電気自動車やそのための充電インフラを全世界に広げようとしているベタープレイスという会社があります。その創業者であるシャイ・アガシ氏は、世界屈指のソフトウエア会社SAP(エス・エー・ピー)の次期CEOのポジションをなげうって、この会社を立ち上げたのですが、彼の目的(パーパス)は、「電気自動車のインフラをつくることで、市場原理の下、化石燃料への依存を全世界的に減らす」ことでした。

 ベルギー出身のバート・ウィートジェンス氏は、ネズミの嗅覚を訓練して(この訓練を受けて合格基準をクリアしたネズミは「ヒーロー・ラッツ」と呼ばれています)、未処理地雷の探知、結核菌の発見など、政府も国際機関も十分対応し切れていない問題を解決するAPOPO(アポポ)という会社をタンザニアにつくりました。その目的(パーパス)は、いわく「10代の頃に知った残留地雷の問題を何とかする」ことだそうです。

 インドのアラビンド眼科病院を創設したゴビンダッパ・ベンカタスワミ氏(故人)、そして同病院傘下のNPO(非営利組織)オーロラボを立ち上げたデイビッド・グリーン氏の2人は、途上国における失明の原因の第1位である「白内障を撲滅する」という目的(パーパス)のために、貧困層でも支払える料金水準の治療プロセスを開発しました。

 オープンソースのウェブ・ブラウザー〈Firefox〉は、1998年、ネットスケープ・コミュニケーションズがソース・コードを公開したことをきっかけに、世界じゅうの有志の協力によって誕生した「モジラ・プロジェクト」によるものです。このプロジェクトには、「インターネットはオープンで、すべての人がアクセス可能な公共の資産であるべき」という価値観があり、したがって、「寡占を打破し、特定企業の思惑に左右されることなく、人々のプライバシーを守り、便利かつ安心にインターネットを利用する世界をつくる」ことがその目的(パーパス)です。

 もちろん、このような素晴らしいソーシャル・アントレプルナーたちの、素晴らしい目的(パーパス)の例はまだまだあります。また日本にも、彼らに負けず劣らず「目線の高い目的(パーパス)」を掲げて活動している個人や組織としてのソーシャル・アントレプルナーたちがたくさんいます。

 彼らも、事業計画や経営計画を立てたり、損益をシミュレーションしたり、戦術や戦略を考えたりしますが、目指すべき目的(パーパス)がはっきりしており、もちろん利潤の最大化が目的(パーパス)ではありませんから ― 時には壁にぶつかって、落ち込んだりすることもあるでしょうが――いわゆる一般企業の経営者やマネジャーのように、月次や四半期の業績で一喜一憂したり、儲けた金額(あるいは損した金額)で人を評価したりすることから解放されています。

 実際、ソーシャル・アントレプルナーたちはみんなキラキラしていて、「儲けてナンボ」「企業は株主のもの」といった価値観を教え込まれてきた人たちにすれば、きっとまぶしい存在のはずです。

(次回は4月2日更新予定です。)


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『利益や売上げばかり考える人は、なぜ失敗してしまうのかーードラッカー、松下幸之助、稲盛和夫からサンデル、ユヌスまでが説く成功法則』

今、世界でいちばん元気なのは、<br />何かの目的に目覚めた人たちである<br />――本文から(その3)

アインシュタインも語った――「手段はすべてそろっているが、目的は混乱している、というのが現代の特徴のようだ」
利益や売上げのことばかり考えているリーダー、自分の会社のことしか考えていないリーダーは、ブラック企業の経営者と変わらない。英『エコノミスト』誌では、2013年のビジネス・トレンド・ベスト10の一つに「利益から目的(“From Profit to Purpose”)の時代である」というメッセージを掲げている。会社の究極の目的とは何か?――本書では、この単純で深遠な問いを「目的工学」をキーワードに掘り下げる。

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紺野 登(Noboru Konno)
多摩大学大学院教授、ならびにKIRO(知識イノベーション研究所)代表。京都工芸繊維大学新世代オフィス研究センター(NEO)特任教授、東京大学i.schoolエグゼクティブ・フェロー。その他大手設計事務所のアドバイザーなどをつとめる。早稲田大学理工学部建築学科卒業。博士(経営情報学)。
組織や社会の知識生態学(ナレッジエコロジー)をテーマに、リーダーシップ教育、組織変革、研究所などのワークプレイス・デザイン、都市開発プロジェクトなどの実務にかかわる。
著書に『ビジネスのためのデザイン思考』(東洋経済新報社)、『知識デザイン企業』(日本経済新聞出版社)など、また野中郁次郎氏(一橋大学名誉教授)との共著に『知力経営』(日本経済新聞社、フィナンシャルタイムズ+ブーズアレンハミルトン グローバルビジネスブック、ベストビジネスブック大賞)、『知識創造の方法論』『知識創造経営のプリンシプル』(東洋経済新報社)、『知識経営のすすめ』(ちくま新書)、『美徳の経営』(NTT出版)がある。

目的工学研究所(Purpose Engineering Laboratory)
経営やビジネスにおける「目的」の再発見、「目的に基づく経営」(management on purpose)、「目的(群)の経営」(management of purposes)について、オープンに考えるバーチャルな非営利研究機関。
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