ところが、ひとたび彼の部屋に入り、ほんの数歩の距離に一対一で相対すると、多くの聴衆の前で怖い表情で話すスティーブではなかったのです。遠目で感じた近寄りがたさは微塵もなく、むしろフランクで親しみやすい雰囲気を放っていました。

 それは、こちらの話に興味を持って、真剣に聞いてくれたからだと思います。偉人や大物にありがちな、偉ぶったり驕るところがなく、相手を蔑ろにしない。相手のことを思うホスピタリティにも富んでいたとも言えます。

 スティーブはかつてペプシコーラの社長だったジョン・スカリーを引き抜いたとき、「このまま一生、砂糖水を売り続けるのか、それとも世界を変えるチャンスをつかみたいか」と言って口説いたことは有名ですが、私にも続けざまに「砂糖水」のような言葉を投げかけてきました。

「ケンジ、お前に会うまでに2年かかった」
「日本の技術力は素晴らしい。ボクはソニーからいろんなことを学んだ」
「アップル製品の本当の良さがわかるのは日本人だ」

 普通であったら、ゴマすりにも聞こえるセリフも、彼が言うとなぜか?っぽく聞こえてきません。いつでも何かを受け入れる準備をしていて壁をつくらないし、遮断もしない。どんな人にもフラットに接してくる態度がそう思わせるのでしょう。彼は会ったばかりの私にどんどん質問をしてきました。

「日本人は飽きっぽいと聞くが、なぜ飽きるの?」
「日本では家電量販店でパソコンが売れるのはなぜ?」
「アップルが地方で売れないのはなぜ?」
「そもそも東京と地方の違いは何?」

 WHYが次々に飛んでくる。あまりにも質問のスピードが速く、しかも、ひとたび質問が始まると、先ほどのチャーミングな笑顔と打って変わって表情がどんどん険しくなる。それはひとえに、「猛烈な好奇心」があったからです。好奇心といっても一般的な度合いとはケタが違う、猛烈なまでの、すごい好奇心です。

 この猛烈な好奇心があるゆえに、目の前にいる人がどんな人なのか、どんなことを考えているのか、アップルに対してどういうイメージを抱いているのかといった、関心や興味を抱かざるを得なくなるのです。

 スティーブの場合は、そうやっていろんな人に好奇心を抱き、その人たちが使うコンピュータをはじめとするモノ、そこから生まれるコトまで全方位に好奇心が広がっていったと言えます。