ビッグデータ活用の成功事例と
成功へのアプローチ

 以上のスピーカー3人に日立製作所ソフトウェア本部の加藤二朗主管技師が加わったパネルディスカッション。テーマは「ビッグデータを売場の力に」。

 まず話し合われたのは、データ活用、その周辺環境の変化である。加藤氏は消費者の多様化について言及。

「多様な好みを持ち、ソーシャルメディアなどを通じて商品情報に通じた消費者に近づき、1人ひとりに適した売り方が求められるようになりました。そのためには、さまざまな角度から消費者を見る必要があります」

 青木氏は「ビッグデータの一歩手前と言えるかもしれませんが」と前置きして、ID-POSの有用性を指摘する。

「年齢などのユーザー属性とPOSデータをクロスさせることが可能になり、さまざまな知見を得られるようになりました。ある商品について想定していない顧客層が、実は大きな購買層であることが明らかになったりする。新しいチャンスの発見です。ビッグデータを活用することで、多くのチャンスを見出せるはずです」

 実際、チャンスを見出した事例、それをビジネス価値に結び付けた事例も生まれ始めている。深澤氏は位置情報を活用したトライアルを紹介した。

「GPSが内蔵されたスマホの普及によって、誰が今、どこにいて、どう移動しているかがわかるようになりました。北海道のニセコ町では観光客の位置情報を把握し、看板の位置を変えて人の流れをよくするといった使い方をしています。ビッグデータの活用として、位置情報を組み合わせた手法は非常に有望な分野ではないかと思います」

 青木氏は「店舗の情報だけでなく、店舗外の情報も収集・分析して成果を上げている企業があります。店舗の外側、商圏全体の情報をいかに取り込むかが重要」と語る。

 加藤氏は、優良顧客を細かくセグメント化することで成功している企業の例を挙げた。

「すべての商品分野で買物をしてくれる優良顧客もいれば、食品だけ、スポーツ用品だけの優良顧客もいます。その企業は各分野の顧客のプロファイルづくりを行いながら、商品ではなく、顧客に合ったプロモーションを展開して成果を上げています」

 一方で成果につながらないケースもある。矢野氏は先に2つの成功事例を紹介したが、失敗事例も経験している。その経験を踏まえて、失敗パターンについて語った。

「大量のデータがあると、多くの人が『何かに使えそう』と考えます。そして、実際に分析を始めると、一見面白いことが見えてくる。そうなると、データをあれこれ分析したくなります。具体的な目的を決めずに分析を始めると、工数ばかりかかって成果につながらないという状態に陥りがちです」

 ビッグデータのビジネス活用は始まったばかりだ。今後乗り越えるべきハードルも少なくない。最後に、課題克服に向けたアプローチについて討論が行われた。

「データに基づいて意思決定するという風土を、いかに組織に定着させるか。日本のものづくりをレベルアップさせたQC活用のような取り組みが、ビッグデータにおいても求められています」と深澤氏。これを受けて、加藤氏は次のように語った。

「組織のリテラシーを高める上でも、成功事例を積み上げることが重要です。目的を持ってビッグデータ活用に取り組み、結果を示し続けること。その中で、人材も育ってくるはずです」

 人材育成と組織づくりは、パネラー全員に共通する問題意識である。

「矢野さんご指摘のようにコンピュータが仮説を提示するようになっても、そこに生活者の意識から掘り起こしたインサイトを組み合わせる人が必要でしょう。現状では、定量的なものを扱う人と定性的なものを扱う人が、別の部門に分かれているケースが多い。こうした人材の融合も含めて、両面での人材育成が求められています」(青木氏)

「確かに、人材の育成は重要。その一方で、人間とコンピュータの役割について、今後さらに深い議論を行う必要があるように思います。例えば、人間にしかできないのは目的を決めること、決断すること、責任を取ることです。また、コンピュータは質問しないと答えてくれないので、人間には質問力が求められます」(矢野氏)

 本質的な問いは、ビジネスに対する知見や洞察から生まれる。その重要性はビッグデータ時代になっても変わることはない。

「週刊ダイヤモンド」2013年5月11日号も併せてご参照ください
この特集の情報は2013年5月7日現在のものです