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おかねは「論」より「感情」で動く!?――最新経済学で考える「よりよい社会」のつくり方
【第3回】 2013年5月8日
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大竹文雄

不合理な僕らが
「よりよい社会」をつくるにはどうすればいいのか?
――「格差」ときちんと向き合うための経済学
第3回 大阪大学教授 大竹文雄【後編】

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「行動経済学」に「神経経済学」と、ここ数年、続々と「新しい経済学」の研究が芽生えています。これらの動きを生み出している、経済学や心理学、神経科学、さらには物理学といった研究領域が交わる「知の最前線」についてレポートします。
今回、話を伺ったのは、大阪大学社会経済研究所教授・付属行動経済学研究センター長である大竹文雄氏。労働経済学、行動経済学といった分野で実績を残し、また最近ではNHK「オイコノミア」への出演や日本科学未来館の企画展「波瀾万丈!おかね道」の総合監修などと、幅広く活躍している経済学者でもあります。
「後編」となる今回は、なぜ人間は「お金」とうまく付き合えないのか、不合理な行動をしてしまうのか、という疑問から出発して、「格差」や「フリーライダー」といった私たちの社会が抱える問題とどう向き合っていけばいいのか、そのヒントを見出します。(聞き手:萱原正嗣)

「お金」がない時代、人間は「合理的な生き物」だった

――前回は、お金の貯め方やタクシードライバーの働き方などを例に、一見「合理的な」行動が、実は「不合理な」行動になりかねないことを紹介していただきました。そこで伺いたいのは、人間はなぜ、「お金」とうまく付き合えないのかということです。

大竹 学問的な論としてではなく、私の推測での答えになりますが、端的に言うと、人間と「お金」との付き合いの歴史が浅いことが原因だと思います

大竹文雄(おおたけ・ふみお)
大阪大学社会経済研究所教授・付属行動経済学研究センター長
1961年生まれ。京都大学経済学部卒、大阪大学大学院修了。経済学博士。専門は行動経済学、労働経済学。2008年日本学士院賞受賞。主な著書に、サントリー学芸賞受賞『日本の不平等 格差社会の幻想と未来』(日本経済新聞社)、『競争と公平感』(中公新書)など。最新刊に『脳の中の経済学』(共著・ディスカバー携書)。

 人類の祖先が地球上で二足歩行を始めたのは数百万年前のことだと言われますが、そのほとんどの時間を、人間は「お金」とまったく無縁に過ごしてきました。

 人間が、人工的な「お金」(鋳造貨幣、コイン)を使い始めたのは、世界の早いところで紀元前7~6世紀ごろです。日本では、708年の「和同開珎(わどうかいちん)」、もしくは、683年の「富本銭(ふほんせん)」が、最初に鋳造された貨幣と言われています。日本人が「お金」と付き合い始めて、せいぜい1000年程度、「人類」で考えても3000年程度しか経っていません。

 しかも、「お金」が人々の日常生活に浸透するのは、日本では江戸時代以降のことです。人間の「お金」との歴史は、実質的にはまだ数百年程度で、人間は、まだまだ「お金」の扱いに慣れていないのではないでしょうか。ましてや、デリバティブ(派生的金融商品)のような複雑な金融資産が利用可能になったのは、つい最近のことです。非常に複雑な計算式を用いて作られる金融商品を、私たち人間が完全に自分のものにはできていないのは当然でしょう。

 ただし、複雑な計算だから人間ができないというわけではありません。私たち人間は、物を投げる、走るという動作でさえ、非常に複雑な計算をしています。二足歩行するロボットは、非常に高性能のコンピューターをもって、複雑な計算をしています。また、私たちは、人と交渉をする際には、様々な可能性を考えて戦略を練っています。そういう場合の戦略は、「ゲーム理論」と呼ばれる数学で定式化された戦略と同じ行動をとっていることが知られています。

 たとえば、プロサッカーのペナルティ・キックの際、キッカーが右に蹴るのか、左に蹴るのか、ゴールキーパーは右に飛ぶのか、左に飛ぶのかという決定は、ゲーム理論で計算される答えと一致しているという研究があります。こうした行動は、私たち人間が古くから行ってきたことなので、深く考えなくても直観で答えが出せるレベルになっているのだと思います。

 ところが、お金に関しては、まだ付き合いの歴史が浅いので、まだ直観では完全には対応できるレベルに達していないのだと思うのです。

――「お金」がない世界での人間の行動は、今とは異なっていたのでしょうか?

大竹 「お金」のない世界では、たとえば狩りで仕留めた獲物は、すぐに食べてしまわないと腐ってしまいます。つまり、いま目の前にあるものがすべてで、それをどう効率よく手に入れるか、あるいは公平に分配するかということが、人間の生存や人間社会の維持にとって重要なことだったと思います。

 京都大学霊長類研究所教授の松沢哲郎先生は、チンパンジーは「今、ここの世界」に生きているのに対し、人間は「想像する力」をもっていることが大きな違いだと指摘されています(『想像するちから』岩波書店)。瞬間的な記憶力だと人間は、チンパンジーに遠く及ばないそうです。

 私たち人間は、将来のことを考える力を身につけたという点で、チンパンジーとは大きく異なるにしても、その能力は、「お金の時代」には対応できていないのだと思います。

 人類の歴史のほとんどは、飢餓との闘いの歴史です。特に、狩猟・採集の時代は、食べものにいつありつけるかわかりません。目の前にあるものを食べることが、生き延びるために、もっとも「合理的な」選択だったのです。目先の利益を優先する「現在バイアス」は、生物としての人間にとってきわめて当たり前の、生存に必要な本能だったということです

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大竹文雄(おおたけ・ふみお)

大阪大学社会経済研究所教授・付属行動経済学研究センター長1961年生まれ。京都大学経済学部卒、大阪大学大学院修了。経済学博士。専門は行動経済学、労働経済学。2008年日本学士院賞受賞。主な著書に、サントリー学芸賞受賞『日本の不平等 格差社会の幻想と未来』(日本経済新聞社)、『競争と公平感』(中公新書)など。最新刊に『脳の中の経済学』(共著・ディスカバー携書)。
 


おかねは「論」より「感情」で動く!?――最新経済学で考える「よりよい社会」のつくり方

「行動経済学」に「神経経済学」と、ここ数年、続々と新しい経済学の潮流が生まれています。バブルの分析や不合理な人間感情と経済の関係など、すでに社会的にも意義のある成果が生まれています。これらの成果は、経済学が、心理学や神経科学、果ては物理学といった研究領域と協働して生まれたものでもあります。本連載では、こうした社会科学と自然科学が融合して進められている様々な研究の最前線について、お伝えしていきます。

「おかねは「論」より「感情」で動く!?――最新経済学で考える「よりよい社会」のつくり方」

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