JAL再生のストーリーからは、
哲学と手段の絶妙なバランスが読み取れる

野中 そう。現実の経営は「暗黙知」と「形式知」、そして、リーダーの「実践知」という三位一体で臨まないと、うまくいかない。それと、実践的三段論法を繰り返して行くと、それぞれの段階でプロトタイピングしながら合意形成していかないといけませんから、そこは非常に強い説得力も必要になります。

 この説得というのは、論理性だけでできるものではありませんよね。そこで、経営者自身のフィロソフィや生き方が、問われてくる。例えば最近の事例で言うと、JAL再生などはそのフィロソフィがあったからこそうまくいった典型例だと思います。

 大幅な路線縮小や人員削減をすれば利益が出る仕組みは作れますが、それを動かしていくのは感情を持った人間です。ですから、そこには確かな納得感もなければならない。

 稲盛さんはそれを醸成するために、徹底して「JALのフィロソフィはなんだ」ということを社員に問いかけた。約1ヵ月間、幹部と車座になり、酒を酌み交わし、胸襟を開いて議論を重ねたといいます。その結果、40項目からなる「JALフィロソフィ」が作られ、それを軸にして企業の再生が動いて行った。

紺野 そこで考えなくてはならないのは、JALはたまたま伝統のある企業で、人材の層も厚かったから出来たのか、あるいは、そうではない企業でも同じことができるのか、ということだと思います。この点はどうでしょうか?

野中 そこはやはり、稲盛さんがある種の方法論を持っていた、ということが大きいと思います。フィロソフィ(哲学)とアメーバ経営(手段)という2つをバランス良く使ったと思いますね。

 じつは、フィロソフィから入って企業を再生していくのは非常に難しいんです。しかし、いったん腹に落ちると、納得性も高いので自律的に組織が動いていくという利点もある。

 稲盛さんが上手だったのは、自らが退くにあたり、元パイロットで現場を熟知していた植木義晴さんをトップに据えたことでしょう。植木さんというのは破綻直前まで地域航空子会社にいて、副社長兼機長として操縦桿を握っていた人です。パイロットは通常、とても偉いんだけれども、子会社にいた彼はいばっている訳にはいかなくて、飛行機の掃除まで手伝っていた。つまり、現場の気持ちをよく理解できる立場にあった訳です。

 稲盛さんはその植木さんに目をつけ、部門別の採算管理のトップにもした。つまり、目的に相当するフィロソフィと手段に相当するアメーバ経営の両方がうまく回るよう、人員配置と組織の仕組みを考えている。これはやはり、一種の実践知がないとできないことだと思います。

紺野 稲盛さん自身、じつは相当の苦労をされて今がある。だからこそ、「JALの再生にはパイロット魂に火をつけることが大事だ」ということが見えたと思いますね。いわば、個の思いが大目的につながっていった。

 考えてみれば、こうした現場に根ざした実践知というのは日本企業にとって目新しいものではなくて、むしろ、もともと持っていた。ですから、ほんのちょっとしたきっかけで取り戻すことも十分に可能だと思っています。そのきっかけの1つに、今回の本がなればいい。

野中 そうですね。西欧では経営者の自伝というのは非常に重要な実践知のモデル、テキストにもなっています。日本でも、歴史好きな経営者は多いですよね。講談も好きだし、偉人伝もよく読んでいる。

 ただ、そうした本で得た知識を現実の組織で応用していくためには、ある種の徒弟的世界も欠かせないんです。日本企業の再生には、その徒弟的世界をどうやって復活させ、現代的にアレンジしていくかということも、1つの大きな鍵になると思いますね。


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紺野 登(Noboru Konno)
多摩大学大学院教授、ならびにKIRO(知識イノベーション研究所)代表。京都工芸繊維大学新世代オフィス研究センター(NEO)特任教授、東京大学i.schoolエグゼクティブ・フェロー。その他大手設計事務所のアドバイザーなどをつとめる。早稲田大学理工学部建築学科卒業。博士(経営情報学)。
組織や社会の知識生態学(ナレッジエコロジー)をテーマに、リーダーシップ教育、組織変革、研究所などのワークプレイス・デザイン、都市開発プロジェクトなどの実務にかかわる。
著書に『ビジネスのためのデザイン思考』(東洋経済新報社)、『知識デザイン企業』(日本経済新聞出版社)など、また野中郁次郎氏(一橋大学名誉教授)との共著に『知力経営』(日本経済新聞社、フィナンシャルタイムズ+ブーズアレンハミルトン グローバルビジネスブック、ベストビジネスブック大賞)、『知識創造の方法論』『知識創造経営のプリンシプル』(東洋経済新報社)、『知識経営のすすめ』(ちくま新書)、『美徳の経営』(NTT出版)がある。

目的工学研究所(Purpose Engineering Laboratory)
経営やビジネスにおける「目的」の再発見、「目的に基づく経営」(management on purpose)、「目的(群)の経営」(management of purposes)について、オープンに考えるバーチャルな非営利研究機関。
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