「好き嫌いをなくそう」と言われて育った人は多いと思う。なんでもおいしく食べられれば、それに越した事はないのだが、嫌いなものを好きになるのは簡単ではない。料理研究家のコマツザキ・アケミさん(40歳)の場合もそうだった。

「じつは私、食べ物の好き嫌いが人より多いのです」

 料理の道を志す人間が好き嫌いを言うなんてどうなのよ、と自分でも思っていた。だから、最初の頃は堂々とそれを告白することはできなかった。

 食べられない食材が皿の上に載っていると、無理して食べるか、周囲には悟られないようにそっと取り分け、隣の人に食べてもらうなどしてピンチを切り抜けて来た。そんな経験が誰かの役立つこともあると知ったのは、ずっと後になってからのことだと言う。

1品あたり2人前か4人前
徹夜で試作し、気づけば朝に

ランチはなんと34人前!?<br />実は過酷な料理研究家のお仕事撮影の日のコマツザキさんのランチ。この日調理したのは15品目。なかには4人前もあったため、合計で34人分。これを、カメラマンやアシスタントなどたったの4人で平らげる

 まずは右の写真をご覧いただきたい。これはある日、コマツザキさんが撮影用に調理をし、それをランチとしてスタッフ全員でいただく前の写真である。

 テーブルの上に山とならんだごちそうを見て、みなさんは「おいしそうだ」と思うだろう。しかし、内情を知っている関係者ならばおそらく、まったく違う感想を抱くはずだ。

「たとえば、肉料理をテーマに特集を組みたいという依頼があったとします」

 コマツザキさんの解説によると、撮影のために作るレシピの数は一度におよそ10品目から30品目。それらを1ヵ月で仕上げてくれという依頼もあれば、2週間、あるいは1週間で、という場合もある。本であれば仕上げるまでの期間は長くなるが、品数は一気に100から300品目にまで増える。

「ということは肉、肉、肉、鍋、鍋、鍋のように、毎日、同じメニューばかりを食べ続けなくてはいけないことにもなるのでしょうか?」

「そうなんです。季節によって使える旬の食材も同じ。だいたい、そういう時に限って、どうしても違うものが食べたくなっちゃうんです」