イノベーションとは
世の中に新しい付加価値を出すこと

西口 このことに関連し、非常に大きな問題だと感じているのはイノベーションをいまだ「技術革新」だと理解している人が非常に多いという点です。残念ながら、日経新聞が、いまだにイノベーションを「技術革新」として記事を載せ続けているので、なかなかこの誤解が修正されないのです。

 先ほどお話した若者たちはイノベーションの本質を正確に理解して、手段の組み合わせを試行していますが、イノベーションの定義そのものに対する認識がズレていると、そこから先の話がまったく噛み合ないままで終わってしまいます。

 ですから、まずはイノベーションを技術という狭い枠組みの中で捉えるのではなく、「イノベーションとは新しい付加価値を製品やサービスを通して世の中に実現することだ」という認識を広めていく必要があると感じています。

なぜ日本の組織ではイノベーションが生まれにくいのか?<br />根本的な考え方に問題がありそうだ。<br />――対談:西口尚宏×紺野登(前編)紺野登(こんの・のぼる) 
多摩大学大学院教授、ならびにKIRO(知識イノベーション研究所)代表。京都工芸繊維大学新世代オフィス研究センター(NEO)特任教授、東京大学i.schoolエグゼクティブ・フェロー。その他大手設計事務所のアドバイザーなどをつとめる。早稲田大学理工学部建築学科卒業。博士(経営情報学)。組織や社会の知識生態学(ナレッジエコロジー)をテーマに、リーダーシップ教育、組織変革、研究所などのワークプレイス・デザイン、都市開発プロジェクトなどの実務にかかわる。

紺野 同感です。技術はそもそも手段ですから、それを臨機応変に変えていくのは当たり前のことであって、技術自体がイノベーションであると考えるべきではないでしょう。

西口 こう言い連ねると非常に深刻に考えているかのようですね(笑)。そうは言ってもそれほど悲観もしていないのは、日本社会はある時、パッと瞬間的に理解が進んで一斉にそちらの方へ動くということがある。実際、こういう問題意識を共有しているミドル層はかなり多いような気もしています。

紺野 私もまったく同じ印象ですね。すでに目覚めたミドルたちは、みな、それをどうやってトップに伝え、説得しようかと四苦八苦している。逆に言うと、トップにさえ通じれば、その声1つでガラリと変わる可能性が非常に高い問題だ、とも言えます。

西口 ここは大変重要だと思いますので、あえて念を押しますと、紺野さんは「イノベーションには目的が重要なんだ」と主張しておられますが、「目的さえしっかりしていれば、お金は儲からなくてもいいですよ」と言っている訳ではないですよね。

紺野 おっしゃる通りです。目的と手段は車の両輪のようにどちらも必要であり、目的さえあれば手段はどうでもいい、ということではありません。ただ、本来は手段の1つに過ぎない「利益を生むこと」を目的化してしまうと、どうしても今あるビジネスモデルから離れられなくなってしまう。そのことが非常に大きな問題である、と主張している訳です。

 たとえば、日本企業はモノ作りが大変得意だと言われていますが、現代はどんなに現場が頑張ってモノを作っても、それだけでは薄利多売に終わってしまう可能性が高い。

 組織、あるいは社会を維持していくのに十分な利益を生み出し続けるには、「お金」と「モノ」を動かすばかりではなく、それらを含めた「コト」全体を構想し、動かして行かなくてはなりません。本の中ではこれを、「コトづくりの中にモノづくりを埋め込む」という表現を使って説明しています。

 本の中で繰り返し説明している「社会にとっての大目的を考える」ということを一般的な表現で「大所高所から見る」「長期的視野を持つ」と言い換えてもいいのですが、現代は必ずしも「長期的=ゆっくり」ではない。

 というのも、現在は様々な形のクラウドファンディング(インターネットを使い、不特定多数の人から資金を募る仕組みやしかけ)が生まれ、そうした仕組みをうまく活用すれば、スプリンクラーから一斉に水が吹き出すかのごとく、瞬間的に資金が集まって来て、長期的に重要だと考えられる大目的がごく短期間のうちに実現できてしまう、ということだってあり得る訳です。

 ですから、短絡的に「大目的=長期的=すぐには儲からない」とは捉えて欲しくないのです。