容姿だけでは稼げない夜の世界

杉坂 うちらのデメリットは、写真で選んでもらうんじゃなくて、すべてが実物の女の子を見てからの指名なので、稼げる子と稼げない子の差が激しいことです。稼げない女の子が「飛田は稼げないよ」と結構言っているみたいでね、「飛田は稼げないって聞くんですけど」って聞いてくる女の子は多いですよ。

開沼 飛田のような「伝統産業」の対極には、「風俗全体のデリヘル化」があります。店舗型風俗の新規開業はもはや困難なため、風俗店を開業しようとする場合は業態としてデリヘルが選ばれる。店舗もなければ、店員とも電話で話をするため、生身の人間と面と向かうこともありません。そこにあるのはWEBと電話番号だけです。

 また、WEBではPhotoshop(写真加工ソフト)でいろんな修正を加えて女のコを小ぎれいに見せてはいますが、バックヤードで行われているのは、客から注文が入ったら、女のコを乗せながら一日中都内をグルグル回るワゴン車が指定場所に向かうような仕事。一度ワゴン車に乗ると10時間以上働いて、疲れても休憩はワゴン車の中です。

 ネット上にはあらゆる情報が出ていて、価格競争も起こるためデフレ化も進んでいますし、労働条件は悪い。それを考えれば、たしかにおっしゃる通り、「伝統産業」たる飛田の労働環境は稼げる人にとっては相対的によいのかもしれません。もちろん、完全にラクな仕事ではないと思いますが。

杉坂 ほかの風俗では、フリーのお客さんが来た時に、女の子を選ぶ時にスタッフさんの力である女の子に誘導させることはできます。だから、ある程度の女の子は稼げるというのはありますけど、僕らはそれができません。入ってくるのはお客さんの自由なので。そういう面では本当に難しいところですよね。

 10人面接に来たら、残れるのは1人か2人ですよ。僕らから見ても「この子は絶対に上がるな」という子でも、店の前に座ったら笑えないんですよ。ムスッとしてしまう。緊張してるから怒ってるように見えてしまって、1日目も2日目も上がらない。それで「やっぱ稼げないんだ」って辞めてしまう。そこがいま、飛田の悪循環ですね。

開沼 考えてみると、大昔から存在した「街娼」は、客と面と向かってはじめて取引成立という話ですよね。ほかではもう、ほとんどそういうものはなくなってきているのに、飛田にはその形式が細々と現代にも残っている。

杉坂 そうですね。そういう意味では昔ながらの形で残っています。

警察のガサ入れは年々減少

開沼 ここ20年ほど、風俗に関する法規制は大きく変化してきました。にもかかわらず、顔と顔を突き合わせるという形式以外でも、街の雰囲気や商売の方法も変わっていないというのは珍しい事例ですよね。ガラパゴス的です。

 さらに興味深いことに、その一方で、新しい試みとしてイベントを開催したり地域をきれいにしたり、「地域活性化」とも呼べる活動に長く取り組んでいたことは意外でした。最近の特徴的な取り組みはほかにありますか?

杉坂 SHINGO西成というラッパーがいますよね?一昨年、彼をトラックに乗っけて飛田をパレードをしようと計画しました。警察にも事前許可を取って、機材を全部詰めて、街の中をトラックで走ったんですよ。でも、3分で警察からストップがかかってしまいました。

開沼 そうなんですか。西成に根付いたラップを作るSHINGO西成は、ラップファンの間では全国的にも有名ですよね。おもしろい。

杉坂 結局、飛田の入り口の広場に移動しました。本来は、1周飛田を回ってからそこでライブをやろうという話だったんですけど。去年の正月には、街を回ることは諦めて、その広場でライブを開いています。3分で止められたときはSHINGO西成が1人で、2回目は10バンドくらいが出演しました。

 僕が飛田に関わる以前は、夏祭りのように夜店を出したこともあるみたいですね。ただ、そういうことをするたびに、警察から「目立つな」と言われていたみたいです。

開沼 それは、飛田が目立つことで、警察に「なんで取り締まらないんだ!」というクレームがくるからですか?

杉坂 そうだと思います。あと1つの意見として「街に女を呼ばないと」という話もあります。そのために、女優さんを連れてきて、映画の『吉原炎上』でもあったような花魁道中(おいらんどうちゅう)をさせたらどうかという話もあったみたいですけどね。なかなか実現までは至っていないと。

開沼 それも面白そうですね。普段は飛田に関わりのない人たちにとっても、飛田に関わる機会になりそうです。その一番の障害となるものはなんですか?

杉坂 警察の許可が出るかでしょうね。結構厳しいですから。

開沼 警察の考えもなかなか簡単には変わりませんか?

杉坂 変わらないと思いますね。「目立ったことしたら、お前らしょっぴいてもいいんだぞ」という意識はあると思います。いろんな政治的な見解があるのかどうかは別として、10年ほど前までは毎年数件はガサが入っていました。でも、ここ数年間でガサが入ったのは3件くらいだったと思います。

開沼 ガサが減ったのは、目立たず大人しくしているからですか?

杉坂 この街で仕事をするならルールを守りなさいっていう暗黙の了解があったんじゃないですか。ただ、「違反したら処罰する、黙ってはおけないよ」ということで、道路に出っ張ってる看板の撤去、営業時間の厳守、女の子の年齢を守る、こうしたことを徹底してさえいれば何もしないということだったみたいです。

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