橘玲の世界投資見聞録 2013年5月24日

フィリピン・マニラ 日本人高齢者を受け入れる介護サービスの現場
[橘玲の世界投資見聞録]

フィリピン国内では、仕事のない介護士があふれている

 フィリピン最大の産業は海外への出稼ぎで、半年の講習と2カ月程度の実習で資格を取得できる介護士が人気を集めている。大卒のフィリピン人はふつうに英語を話すから、言葉の問題がなく、永住権や市民権が取れるアメリカやカナダが彼らの第一目標だ。

 しかし最近では、欧米諸国も外国人介護士の受入れを制限しはじめており、フィリピン国内には仕事のない介護士があふれている。派遣会社に依頼しても、その費用は1日8時間勤務で月額7000ペソ(約1万8000円)程度だ。プライベートナースも可能で、月額1万5000ペソ(約3万8000円)も出せばいくらでも応募が来る。月10万円で、自宅で24時間完全看護(介護)が実現するのだ(個人の伝手で探せばもっと安くなる)。

 周知のように、日本の介護施設はどこも人手不足に悩んでいる。特別養護老人ホームの待機者は全国で40万人を超え、有料老人ホームに入るには3000万円ちかい入居一時金が必要だ。こうした現状を見れば、フィリピンに日本人高齢者のための介護施設をつくることにビジネスチャンスを見出す起業家が登場するのは当然だろう。

 しかし現時点では、こうしたビジネスはどれも厚い壁にぶつかっている。 

 フィリピンの老人ホームの草分けとされ、一時期は新聞やテレビでもたびたび紹介されたローズ・プリンセス・ホームは、経営の混乱で日本人職員が全員退職してしまい、いまは日本語を話せない介護士しかいない(昨年12月にはNHK「追跡!真相ファイル」でその実情が取材された)。現在、日本人を受け入れている老人介護施設はTPVを含め数箇所しかなく、いずれも日本人入居者は数名だ。そのうちもっとも規模の大きいTPVでも、すでに述べたように、入居者のほとんどは関係者だ。

TPVの介護士の研修風景 (Photo:Tropical Paradise Village)

 ヴィレッジの創設者であるN・T・トータルケア社の高橋社長は、海外での介護事業の難しさをこう述べる。

 「ほとんどの方は元気なうちに施設を見学に来て、いずれお世話になりますと言って帰っていきます。実際に介護が必要になっても、家族の反対などでなかなか決心がつきません。逆に若年性認知症など、こちら側で受入れが困難なケースもありました」

 海外の介護施設は、介護保険の適用外だ。日本では莫大な自己負担が必要な24時間完全看護・介護が低料金で実現できるとしても、それを活かせる機会は限られている。人生の最後を海外で終える決心をするハードルは高く、家族の反対もあり、ほとんどのひとが諦めてしまう。

移民に排他的な日本の課題

 2006年にEPA(経済連携協定)が締結され、フィリピンやインドネシアから看護師・介護士を受け入れることが決まると、N・T・トータルケア社はフィリピン人介護士の育成業務に進出し、現在はTPVを研修施設として活用している。

 日本の施設で働く外国人介護士は、給与など日本人と同等の労働条件を保障されるものの、3年後に介護福祉士の試験に合格することが継続滞在の条件とされている(その後、一定の条件を満たせば在留期間が1年延長されることになった)。

 日本語のほとんど話せない外国人介護士を受け入れて一人前に仕事ができるまで育てても、試験に合格しなければ帰国させなければならず、日本側の受入施設の負担は大きい。そのためN・T・トータルケア社では、フィリピンで看護師資格を持つ優秀な人材を採用し、マニラで1年間日本語を教えた後、TPVで1年間の実習を行ない、日本へと送り出しているのだ。その結果、介護士試験の合格率は80%(これまで5名受験4名合格)と平均の38%を大きく上回っている。また2010年に来日したフィリピン看護師候補者33名のうち、今年の看護師試験の唯一の合格者も同社の卒業生だった。

日本語の授業風景  (Photo:©Alt Invest Com)

 今後10年間で、団塊の世代が本格的に医療・介護保険を利用するようになる。特別養護老人ホームは現在ですら入居希望者が列をなしているのだから、早晩、人も施設も足りなくなることは明白だ。介護現場にいるひとたちは、「このままでは認知症の高齢者が街を徘徊するようになる」と真顔で語る。

 日本は世界のなかでも“排外的”な国家で、移民を極端に嫌っている。その一方で、少子高齢化は日本の避けられない運命だ。

 その現実に目を逸らすことなく、海外の若い労働力を活用する以外に、高齢者の医療・介護問題を解決する方途はない。もしそれが無理だというのなら、あとは1人ひとりが海を渡る選択肢を考えておくしかないのだろう。
 

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 <執筆・ 橘 玲(たちばな あきら)>

 作家。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。2002年、金融小説『マネーロンダリング』(幻冬舎文庫)でデビュー。「新世紀の資本論」と評された『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)が30万部の大ベストセラーに。著書に『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術 究極の資産運用編』『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術 至高の銀行・証券編』(以上ダイヤモンド社)などがある。ザイ・オンラインとの共同サイト『橘玲の海外投資の歩き方』にて、お金、投資についての考え方を連載中。


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橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
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