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質への逃避による円高の正体 - 村上尚己「エコノミックレポート」

来週の重要経済指標、主要企業決算についてPDF版のレポートで解説しています


ドル円市場では、今週も円高ドル安が続き、一時1ドル93円台まで円高ドル安が進んだ。6月7日レポートで、先週末円高に振れた経緯を説明した。その後、ドル円は99円台まで円安に動いたが、日銀の政策決定会合を材料にその後大きく円高が進んだ。そして、昨晩(6月13日)には95円ミドルまで戻った。

今週のドル円相場の特徴は、米長期金利の動きとの乖離が目立つことである。6月11日に海外市場で円高ドル安が進んだが、この日は米国では長期金利が大きく上昇した。その後も、米国金利は高い水準が続く中でドル安(円高)が進んだり、昨晩(6月13日)は米国金利が低下する一方、ドル高円安となっている(グラフ参照)。


この、米債券市場とドル円市場の動きの乖離の背景が何なのか、考えたが正直分からない。敢えて言えば、FRBの金融緩和縮小を巡る思惑が引き続き交錯し、いずれかの市場においてミスプライシングが起きているということだろうか。これは一つの仮説だが、大きく円高に振れた今週のドル円市場の動きが、ポジション調整などの需給変動がもたらすミスプライシングならば、これは投資機会と言える。

一方で、メディアでは、今週の円高に対して様々な解釈が述べられている。例えば、13日の日経新聞電子版では市場関係者は以下のように述べている。「投資家が運用リスクを回避する姿勢を強めるとの思惑で、質への逃避で円買いが加速した」。もっともらしいことを言っているようだが、コメンテーターが頻繁に使う「リスクオフ」とは、「株などのリスク資産の下落」を、言い換えているだけである。

つまり日本株などの下落の後追いで、円高という為替市場の動きを説明しているだけで、ドル円の今後を考える上で有益な情報ではない。今週、日経平均株価が再び12,000円台に下落し、同じ日に主要なアジアの株価も急落したが、その後追いで円高が起きているというのだろう。

筆者にとっては、この相場解説は雑音に過ぎないと考えている。というのも、株式市場などで株が売られると、「質への逃避」で円高ドル安が進むというコメントは、真のメカニズムが理解されずに使われているからである。

「質への逃避」と語るヒトの中で、日本円は「安全な資産」という位置づけなのだろう。日本は公的債務残高の持続可能性が問題になり、一部の識者から「日本は破綻している」という警告がされている。それとどう整合性があるのか。もちろん実際には、「国の破綻」とは定義が曖昧で、トンデモな評論家かそれに踊らされたメディアしか、そのような言葉を使わない。

日本の場合、金融政策などの経済安定化政策がまともに機能して、インフレという正常な状況に回帰し、本来の経済成長を取り戻す過程で、税収は10兆円規模で増える。その過程で政府の財政赤字は確実に減る。つまり、アベノミクスのメインエンジンである金融緩和政策が、米国などと同様に機能すれば、他国のように財政赤字も減る(グラフ参照)。


もちろん、安定的な財源として増税はいずれ必要だろうが、それは長期的な財政運営という視点で政策を行える経済状況になって判断できる選択肢である。今はデフレ脱却のために経済安定化政策に全力を注ぐべき局面で、教科書的に、国内需要を減らす増税政策は通常採用されない。実際、リーマンショック以降、財政健全化に傾きすぎ債務問題をこじらせた失敗を糧に、欧州では経済成長に配慮した政策が採用されつつある。

このように考えている筆者は、評論家が警告するような「財政破綻」は信じていない。しかし、だからといって、為替コメンテーターが言うように、円が「質への逃避先」で買われるという理屈も理解できない。確かに財政破綻はすぐ訪れないが、日本経済は金融政策がようやくまともに動き始めて、デフレという重い病気を克服しようとしている段階で、相対的にまだ大きなハンデを負っている。

というのも、デフレと低成長が続く中では、政治はいつまでも安定せず、いくら増税を繰り返しても財政赤字は増え続ける。なので、社会保障制度もいつまでも充実せず、公的債務が拡大し続ける。ようやく世界標準の妥当な金融政策が始まり、その悪循環から抜け出そうとしている。それが、今の日本の現状である。

一方で、まともな金融政策がようやく始まっただけなのに、「金融緩和で日本は破綻する」「アベノミクスバブルが崩壊した」などの三流記事がメディアで溢れており、そうした「デフレ応援団」の存在を考えれば、日本経済正常化シナリオにはリスクも相応にある。もちろん、リスクや不確実性があるから、投資において大きなリターンを期待できるわけだが、少なくとも為替コメンテーターが言うように日本円が「安全資産」であるとは言えない。

つまり、円高が起きている理由は、「質への逃避」が起きているからではない。株価の調整とともに再びデフレに舞い戻る疑念を感じ、高まっていた予想インフレ率が低下する兆しがあるから、円高が起きる。世界経済が不安定になると、金融政策がこれまで最も稚拙だった日本にまずデフレの被害が顕在化する。質への逃避ではなく、機能不全に陥いる日本の金融政策への疑念から、デフレが長期化するという恐れが高まり円高をもたらすのである。

筆者が抱いている、アベノミクスへの疑念については6月6日レポートで述べたとおりである。ただ、大きな政策転換が起こる過程で、そうした懸念が全く生じないというのも非現実的だろう。金融政策を中心に日本の経済政策が変わったならば、筆者が抱いたアベノミクスへの疑念に基づく市場心理の揺らぎが、冒頭で述べたのと同じ一時的なミスプライシングを引き起こした、ということになる。そうした視点で、今の金融市場を冷静に考えたい。

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(チーフ・エコノミスト 村上尚己)

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