ばか騒ぎが楽しくてデモに参加

磯部 僕がいわゆる社会運動に参加したのは、サウンド・デモが最初でした。

開沼 具体的には何年くらいのお話ですか?

磯部 2003年です。アートやクラブの関係者たちとアナキストの人たちがやっていたもので、イシューは「イラク戦争反対」だったんですけど、路上解放みたいな裏テーマもありました。ただ、自分はそういったメッセージにはあまり興味を持てなくて。とにかく、ばか騒ぎをするのが面白かったんですよ。

 踊ってるうちに、「あれ、そもそも何のためのデモなんだっけ?」って、本来の目的を忘れちゃうくらい適当に参加してました。いま思うと、「機動隊に囲まれるとアガるなぁ」みたいな、反権力ごっこに過ぎなかったんでしょうし、あるいは、「あれが公安ファッションってやつか」みたいな、社会科見学のような気持ちもありました。もちろん、他の人はもっとちゃんとしてましたから、自分が不謹慎だっただけですが。

不良も、盛り場も、もはや終わっていく存在<br />なぜ、風営法の問題にたどり着いたのか?<br />【音楽ライター・磯部涼×社会学者・開沼博】開沼 博(かいぬま・ひろし)
社会学者、福島大学うつくしまふくしま未来支援センター特任研究員。1984年、福島県いわき市生まれ。東京大学文学部卒。同大学院学際情報学府修士課程修了。現在、同博士課程在籍。専攻は社会学。学術誌のほか、「文藝春秋」「AERA」などの媒体にルポルタージュ・評論・書評などを執筆。読売新聞読書委員(2013年~)。
主な著書に、『漂白される社会』(ダイヤモンド社)、『フクシマの正義「日本の変わらなさ」との闘い』(幻冬舎)、『「フクシマ」論 原子力ムラはなぜ生まれたのか』(青土社)など。
第65回毎日出版文化賞人文・社会部門、第32回エネルギーフォーラム賞特別賞。

開沼 サウンドデモのようなポップな社会運動は、その後、LGBT(Lesbian、Gay、Bisexuality、Transgender)のパレードなどにもつながっていく流れですよね。署名・ハチマキ・決起集会的な従来の「本気」を目指す社会運動とは違って、そこに参加している人とそうではない人の間にある「本気」の境界自体を壊していくような形をとることで、多くの人を巻き込み課題の認知・解決につなげていくという。磯部さん自身もしばらくデモへのコミットを続けていたんですね。

磯部 最初はやりたい放題だったのが、徐々に警察の対応が厳しくなって、面倒臭くなっちゃいましたね。運営側も内部で意見が分かれたりと、ムーヴメント自体が沈静化してしまった印象もあります。

開沼 なるほど。ご自身はそこからどこに向かっていったんですか?

磯部 たしかに、街中で踊ることは物珍しかったんですけど、本当に快楽を突き詰めるならアンダーグラウンドに潜っていったほうが面白いなと思って、そこからはDIYなパーティだったり、レイヴやスクワッティングの取材を積極的にするようになりました。そうすると、やはり「ドアだけしめときゃ バレないさ」って思考にいくんですよね。

 ただ、2010年の末に大阪のアメリカ村で風営法違反による一斉摘発が起こるんです。最初は、「いつものようにやり過ごしていれば大丈夫だろう」と高を括っていたんですけど、今回ばかりは波はおさまらず、自分が行っていたような小さなクラブ、アンダーグラウンドなクラブにも捜査が入るようになりました。そこで、風営法とクラブの問題に関して、「さすがにもっと真っ正面から取り組まなければいけないかな」と思い直して、『踊ってはいけない国、日本』をつくることにしたわけです。

どんくさくて、頭でっかちな批評への違和感

開沼 磯部さんの10年あまりの経験が興味深いのは、それが、もしかしたら、サブカルチャーやポップカルチャーに片足を置きつつ社会問題に関与していこうとする人々の、ここ10年あまりの大きな動きそのものと通じているようにも見えることです。磯部さん自身は、それを常に追いかけながら書き続けてもきたわけですが、歴史の中に身を置き、それを分析したいという思いがあったんでしょうか?

磯部 どうなんでしょうね。僕は、高校生の頃に創刊した『ele-king』(エレ・メンツ出版)という雑誌に、書き手として影響を受けたようなところがあるんですが、その雑誌では、リロイ・ジョーンズとかジョン・サヴェージみたいな欧米の音楽ジャーナリズムが紹介されていました。そこでは、日本のいわゆるロキノン系みたいな内省的な批評とは違って、音楽と社会問題を結びつけて語ることが重視されていましたから、自分もその傾向は強いと思います。

 その延長で、大学ではカルチュラル・スタディーズを学んだんですけど、どうも“研究者”なアプローチはどんくさくて、頭でっかちに感じられて。それへの反動で、一時期はアンダーグラウンドに潜っていたのかもしれません。

開沼 なるほど。そもそもライター業を始めたのはいつからですか?

磯部 大学には1998年に入学するんですが、その頃はもうライター業が忙しくなっていたので、学校にはあまり行けなくて中退してしまいました。

開沼 サウンドデモの参加は大学在学中?

磯部 いや、2003年なんで大学を辞めた後ですかね。

開沼 大学に入る前は、音楽好きの高校生だったんですか?

磯部 高校3年生からライターをしていました。まだギリギリ雑誌が力を持っていた時代です。投稿を募集しているところも多くて、もともと、音楽について考えるのが好きだったので送るようになって。

開沼 どんな音楽を扱っていたんですか?

磯部 ロックも書いていましたけど、徐々にヒップホップやテクノみたいなクラブ・ミュージックに惹かれていきましたね。いわゆるインタヴューやディスクレビュー、ライブレポートなんかよりは、ルポルタージュのような手法が好きでした。

開沼 それがライター活動を始めるきっかけだったと。

磯部 そうですね。