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稀代の教育改革者は、学びを楽しむ達人だった――サルマン・カーン カーンアカデミー創設者に聞く

瀧口範子 [ジャーナリスト]
2013年7月10日
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―― 一部の学校では、生徒が家で教材ビデオを観て予習し、クラスでは先生とやりとりするという風に使われていると聞きました。

カーン そのやり方も決して間違いではありません。特に最初の頃は、先生たちがそのように使っていました。しかし、それではまだ自分のペースに合った学習方法にはなりません。また、もうひとつの重要なポイントである、ピア・ツー・ピア(仲間同士で教え合う)の学習でもありません。理想的なのは、授業で設問とモニターのソフトウェアを利用して、生徒が自分のペースで学習するようにし、そのデータを見た先生が個々の生徒に介入し、必要ならばビデオが観られるという状態です。

個人主義の教育システムではない。
コミュニケーション能力が土台

――そうすると、これまでのような講義の授業はずっと限られたものになると思いますが、こと日本やアジアの学校には、学習以外にも、集団の中でのしつけや鍛錬の場という意味合いがあります。カーンアカデミーの学習方法は、その意味では過度に個人主義的ではありませんか。

カーン いや、従来のやり方以上に個人主義的でないと言えます。これまでの授業ならば、クラスで座って先生の言うことを聞きます。ノートにメモを取ったりもするでしょう。けれども、生徒にとって気になるのは、成績のことだけです。それどころか、心のうちでは、他の生徒の成績が悪ければいいのにと願っていたりする。競争していますからね。

 カーンアカデミーの場合は、クラスに来て学ぶけれども、同時に仲間が学ぶのも助けようというものなのです。昔は、教室で同級生が何かを聞いてきたりしたら、先生に「静かにしなさい」と叱られました。これでは手助けもできない。人間は生まれつき会話をしたい、相手を助けたいと思うものなのに、講義中心の授業ではそれができなかったのです。

――生徒は設問を解きながら、先生とだけでなく、生徒同士でも教え合うということですね。

カーン これについては、学校のさらに先のことを考えたんです。つまり、近い将来、大学入学や企業の採用では、もちろん学業での成績も考慮するでしょうけれど、仲間に助言したり説明したりをどれほどうまくできるのかも、判断の材料になる。コミュニケーションができる人間が望まれる。

 なぜか。ひとつには、その科目を深く理解していなければ、他人には教えられないからです。また、他人とやりとりするスキルがあり、リーダーシップもあることがわかる。そういうことが大切になるのです。ですから、カーンアカデミーは個人主義的ではなくて、コミュニケーションをベースにした学びの方法なのです。

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瀧口範子
[ジャーナリスト]

シリコンバレー在住。著書に『行動主義: レム・コールハース ドキュメント』『にほんの建築家: 伊東豊雄観察記』(共にTOTO出版)。7月に『なぜシリコンバレーではゴミを分別しないのか?世界一IQが高い町の「壁なし」思考習慣』(プレジデント)を刊行。

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