未来を語るのは誰の仕事か

 私は、広告会社に入社して以来、コピーライターとして経験を積んできました。いわゆるキャッチコピーを書いたり、CMのストーリーを考えたり、デジタルを使ったプロモーション施策などを考えるといった仕事です。アイデアをカタチにする仕事は刺激的で楽しかったものの、その裏ではずっともどかしい思いを抱えていました。

 ぼやけた未来像を思い描いている会社の企業広告は、やはりぼやけてしまいます。過去の延長線上にある凡庸な商品の広告は、どんなに取り繕っても本質は凡庸になります。広告だけ目立って評価されたり、プロモーションによって短期的な売上に貢献したり、ということはありますが、本来的にはどちらも成功とは言えないでしょう。

 広告の仕事を本気で考えるほど、優れた言葉が必要なのは、広告をつくる段階ではないことに気がつきます。経営者が未来を語る言葉や、開発者が商品を生み出す言葉。それぞれが新鮮な響きを持って、人に新しい可能性を見せるものでなければならない。そんな問題意識から私は、経営する側の人たちや商品開発の担当者と向き合うようになりました。

 経営ビジョン、トップのスピーチ原稿、新規事業や新商品のコンセプトなどをつくるなかで、いかにこの領域が手薄で、退屈なロジックでがんじがらめになっているかを痛感せざるをえませんでした。企業や事業のビジョンづくりは、経営活動の中でいちばん刺激的で魅力的であるはずなのに、現実には正しくて誰にも反対されないことを言っておけばいいと考えられているのです。

 クリエイティブな言葉は、広告よりも経営そのものにこそ必要だ。こうした考え方に確信を持ったのは、TBWA\CHIAT\DAYという、ロサンゼルスのクリエイティブエージェンシーに出向したときのことでした。この会社はアップルやペプシ、ゲータレードといったグローバルブランドの戦略立案とクリエイティブで有名な会社です。

 CHIAT\DAYに行って間もない頃のこと。クリエイティブ部門の上司に「日本ではコピーライターは、企業のメッセージや、開発された商品をお客さんに伝えることがメインの仕事で、コピーライターは企業活動のアンカーと呼ばれるんだ」と話すと、彼は「何を言っているんだ。ライターはむしろ第一走者だろ。見たこともない風景には言葉が真っ先にたどり着く」と答えました。

 一緒に仕事をしていると、CHIAT\DAYのコピーライターたちは、将来の企業やブランドを定義する一言を腐心して考えていることに気がつきます。考えた言葉を、クライアントや、ときに経営者本人にぶつけて議論しながら、ビジネスそのものの推進力となる言葉をつくりあげていく。そうした言葉は、コピーというよりも、もはや「1行の戦略」に近いものです。

 また、広告をつくる前には、数百文字のコンパクトな言葉でブランドが約束することをまとめる「マニフェスト」を書きます。それは、いわばブランドの原液。広告からサービス展開まで、すべての施策をつくる際に、このマニフェストに照らし合わせて考えます。

 有名なアップルの「Think Different」も、こうしたやり取りから生まれてきたものです。経営者のビジョンから生まれた「Think Different」のような言葉は、周りの人々を巻き込み、会社を動かし、やがて会社の外のユーザーや顧客の心まで動かす力を持つようになります。

 ソニーの「ポケットに入るラジオ」にしても、新しいラジオ生活のビジョンであり、開発コンセプトであり、そして結果的に広告コピーとして広く生活者さえも動かす言葉となりました。

 CHIAT\DAYとクライアントのあいだには、経営における言葉を議論する文脈が共有されていました。みんなで頭を捻りながら考えるのは「美しい言葉」ではなく「新しい意味を持った言葉」です。

 したがって、言葉のプロよりも、経営者よりも、現場の担当者の方が強い言葉を提案できることも多く、彼らの言葉が最終的に採用されることもありました。私はむしろ、それこそが本来の姿であるべきだと考えています。本来、企業そのものやプロダクトの未来を語るのに相応しいのは、その領域に向き合う当事者ひとりひとりのはずですから。