あなたはまだ言葉を使っていない

 ここで問いかけさせてください。みなさんは、言葉を使っていますか?当然、日々のコミュニケーションで日本語も、ときには英語さえも使っているし、書類をつくるためにたくさんの文字を打っているのだ、と反論されるかもしれません。

 しかし、まだない商品や、組織の行く末や、自分が目指すものについて、本当に自分の頭で考えて、自分だけの言葉にしようとしているでしょうか。それらしい単語を並べてコンセプトやビジョンと呼んでいないでしょうか。曖昧な言葉でお茶を濁したり、借り物の言葉で日々をやり過ごしたりしていないでしょうか。もしも心当たりがあるとすれば、言葉に、「人間スピーカー」として使われてしまっているのかもしれません。

 定型的な言葉で語られる組織は、定型なものになります。他と同じ言葉で構想されたプロダクトは、当然、他と同じようなものになるはずです。

 もちろん、ひとりひとりの人生設計にも同じことが言えるでしょう。レールの上を走っているような気がする。ありきたりな毎日に飽き始めた。そんな瞬間があるとしたら、みなさんの明日が、ありきたりな言葉のコピペでつくられているせいかもしれません。

 私たちはずっと「正しいこと」を言うように、学校でも企業の研修でも教育されてきました。誰も言っていない面白いことを言葉にして賞賛される、という機会は極めて稀です。ビジネスの世界ではなおさらでしょう。根拠もなく無責任に聞こえかねない発言は、どちらかといえば有害で避けるべきものとして認識されているはずです。

 しかしながら、構想を言葉にするときには、正しいことを言うときとはまったく違うマインドセットが必要になります。慎重になるのではなく、大胆になること。根拠より、信念を持つこと。きれいごとよりも、まだ誰も言っていないことを話すこと。

 ビジョンやコンセプトと世間で呼ばれているものも含めた、未来を語るための作法は、これまであまり体系立って説明されてきませんでした。

 私は、そんな問題意識から「言葉を使った未来のつくり方」を『未来は言葉でつくられる――突破する1行の戦略』という1冊の書籍にまとめました。この連載では、全6回にわたってその中の一部をご紹介します。

 ビジネスで言葉が求められるのは、できあがったプロダクトや組織をうまい具合に「伝え」、「よく見せる」ときだと考えられている節があります。

 しかし、ここで取り上げるのは、商品や企業のイメージに「化粧」をほどこす言葉ではなく、物事の本質を設計する、いわば「骨格」を形成するための言葉です。

 画期的な商品ができたなら、その特性を伝える販促コピーは、どうぞ広告会社に頼んでください。しかし、トランジスタ・ラジオや、iPhone や、キンドル(Kindle)のような「商品を生み出す言葉」は、開発する本人が考えなければ始まらない。

 あなたの企業の魅力を世界中に伝える方法なら、マーケターが戦略をつくり、さまざまな国のコピーライターがチームを組んで何百案でも提案するでしょう。

 しかし、アップルや、グーグルのような「魅力的な組織をつくりあげていく言葉」は、構想する本人が紡ぐしかありません。頭の中を他人は(少なくとも現時点では)覗けないからです。

 もちろん、言語化するお手伝いをすることはできます。その場合は、インタビューを繰り返しながら、経営者や担当者が話す妄想にも似た構想を、いくぶんかシャープな言葉にまとめあげることができるでしょう。それでも、インタビューの中でほのめかされることすらなかった未来については、お手上げです。

 個人の人生においても同様のことが言えます。友人や家族はいくらでも相談にのって言葉を投げかけることができる。しかしながら、自分はこんなキャリアをつくろう、こんな生き方がしたい、といった針路は自分で語るしかない。沿道からエールを送ることはできても、目的地を決めるのは結局あなた個人でしかないのです。

 そう、未来を言葉にするということは、「目的地」をつくりあげることだとも言えるでしょう。マラソンとは違って、ビジネスや人生にはあらかじめ決められたゴールが存在しません。自分でドキドキできるような魅力的な目的地を設計し、組み立て、そこに至るまでの道を整備する。この連載では、ビジョナリーと言われる人たちが、どのようなビジョナリーワードで未来の目的地を設計したのかをご紹介していきます。(続く)

第2回は明日、7/26掲載予定です。


新刊書籍のご案内

ジョブズ、ビル・ゲイツ、井深大の<br />未来をつくる「1行の戦略」とは?

『未来は言葉でつくられる―突破する1行の戦略』

楠木建氏推薦!
「言葉でしか考えられない。考えられないことは絶対に実行できない」

この連載の著者・細田高広さんの書籍が7/26に発売となります。連載では、一部のビジョナリーワードのみ紹介していますが、本では30個を取り上げ解説しています。また、実際にビジョナリーワードをどのようにつくっていけばいいかを、「本当にそう?」「もしも?」「つまり?」「そのために?」という4ステップ、「呼び名を変える」「ひっくり返す」「喩える」「ずらす」「反対と組み合わせる」という5つの技法から詳しく解説します。

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著者紹介
ジョブズ、ビル・ゲイツ、井深大の<br />未来をつくる「1行の戦略」とは?
細田高広(ほそだ・たかひろ)
一橋大学卒業後、博報堂にコピーライターとして入社。Apple、Pepsi、adidas、Nissanなどのブランド戦略を手がける米国のクリエイティブエージェンシーTBWA\CHIAT\DAYを経て、TBWA\HAKUHODO所属。クリエイター・オブ・ザ・イヤー・メダリスト、カンヌライオンズ、CLIO賞、ACC賞グランプリ、東京コピーライターズクラブ(TCC)新人賞、ロンドン国際広告賞など国内外で受賞多数。通常の広告制作業務だけ にとどまらず、経営層と向き合って数々の企業のビジョン開発に携わるほか、経営者のスピーチライティング、企業マニフェスト、ベンチャー企業支援、新規事業や新商品のコンセプト立案などを手がけてきた。「経営を動かす言葉」「未来をつくる言葉」といったテーマで学生への講義や社会人への講演も行っている。 経営と言葉という、今まで無視されがちだった領域に光を当てる、クリエイターとしては異色の存在。