本当に使ってもらえる「もの」をつくるためには、「使い手の声」すなわち「ニーズ」をつかむことが欠かせないはずだが、ものづくりの現場でよく聞くのは「使い手の顔が見えない」という言葉。しかし、問題解決型ものづくりである「ソーシャル・ファブリケーション」では、使い手と作り手はつねにつながっているため、深いニーズの把握が可能になる。
前回は、発展途上国のためのプロダクトデザイン&ビジネスコンテスト「シード・コンテスト(See-D Contest)」を通して、テクノロジーを途上国に定着させるための〈気づき〉についてお伝えした。
今回は、僕たちのチームがこのシード・コンテストで最優秀賞を獲得した「最貧国の物流コスト問題を解決するスマホアプリ」が生まれるまでと、実際に東ティモールでスタートさせたプロジェクトについて紹介しよう。どのようにして現地のニーズを深いレベルで把握し、「もの」や「こと」を生み出して、途上国で回り続ける仕組みをつくるのか

「ものをつくっても、売ることができない」
現地の声=ニーズは、なぜ無視されたのか?

「向こうでは、運送費が高くて困ってるみたいですよ」

 シード・コンテストによる東ティモールでの現地調査は、2012年の8月と9月に行われた。先発隊として8月に渡航した仲間から、こんな報告があった。

 現地には、「小口の配送サービス」がなく、ものを運ぶためには、手持ちで運ぶか、350ドル払ってトラックをチャーターするしかないという。ちなみに、東ティモールの農家の平均月収は50ドルだ。

ものが運べないと、どういうことになるか。地方の産業、特に農業が発達しないのである。地方に住むのは、7割以上が農民だ。彼らがどれだけ一生懸命に作物を育て、米やコーヒー豆を大量に収穫できたとしても、市場に運び、売ることができなければ、所得の増加につながるはずもない。地方の農民は、いつまでたっても貧しいままである。

 この現地の〈ニーズ〉について、当初僕が何と答えたか、はっきりと覚えている。

 「いや、そんな問題を解決するのは無理だから、別のことにフォーカスしたほうがいいと思う」

 運送費が高いだろうということは、おおよそわかっていた。JICAの報告書にも記載されていたし、なにより前年(2011年)に現地で活動するNPOの取材で東ティモールに行き、その道路を体験したことがあるからだ。

「ニーズがあるかどうか」の判断は、<br />日本でしても意味がない。<br />――最貧国の頭痛のタネ「物流コスト」を<br />解決するアプリができるまで東ティモールの道路。崩れた部分に丸太を渡してどうにか通っている
拡大画像表示

 東ティモールは小さな島国だが、標高3000メートル近い山々をもつ山岳国でもある。雨期が来るたびに、山道がどんどん崩れていく。この国のドライビングテクニックで何よりも重要なことは、加減速である。道に、当たり前のように穴が空いており、放置されているからだ。穴の手前できちんと減速しないと、跳ねた衝撃で車内の天井に頭をぶつけることになる。

 2トントラックが坂を登れずに立ち往生している場面にも出くわした。どうするのかを見ていると、いったん荷物を半分降ろしてから、10人以上がロープで引っ張り上げていた。そもそも道が狭いので、大型トラックの走行は不可能だ。

 こんな道路事情で、物流コストが高くならないわけがない。それに対して、本業を別に持っている日本人が6人集まったところで、何ができるというのだ。道をつくれるわけでも、乗り物がつくれるわけでもない。よって、対処は不可能。このときの僕は、そう思い込んで、発言したのだ。このやり取りは2012年の8月だから、ほぼ1年前のこと。

 ところが、いまでは自分が代表になって、東ティモールでの「物流改善プロジェクト」を進めている。僕の考えを180度変えたのは、現地で本当のニーズをつかめたからだ