資質が高い鈴木寛氏はなぜ落選したか
「民主党」のマイナスのブランド価値

 7月21日に行われた参議院選挙で、民主党は当初の予想通りの大敗を喫した。今や、「民主党公認」という肩書きは、候補者にとってマイナスのブランド価値となっているように見える。

 選挙情勢を分析し、また選挙運動の手応えから、候補者もたぶんこのことを認識していた。

大敗・民主党、2つの敗因と今後の行方参院選の東京選挙区で立候補した鈴木寛氏の選挙公報の一部。左下に、ごく小さく印刷された「民主党」の文字が見える

 右の写真は、東京選挙区で立候補した鈴木寛氏の選挙公報の一部だが、左下にごくごく小さい字で「民主党」とある。この党名の文字の大きさは、東京選挙区で政党の公認を受けた候補者の中で、最も小さかった。

 そして、党名よりも大きな文字で、目立つ場所に「党派を超えて協力し対話し」と表記されている。鈴木氏は「民主党」をできるだけ目立たせずに、本人の資質と主張とで戦おうとしていたように見える。

 筆者が思うに、鈴木寛氏の候補者としての資質は申し分ない。現職だし、文部科学副大臣を2期務め、東京オリンピック招致にも関わってきた。東大法卒、通産省、国会議員の経歴も申し分ないし、1964年生まれと十分な若さもある。

 しかも、民主党は、終盤に候補者を鈴木氏に一本化して、応援に力を入れた。推薦人となった有名人の顔ぶれも豪華だ。ちなみに、どのくらい役に立ったかわからないが、東京は海江田万里民主党代表のお膝元である(氏は東京一区選出の衆議院議員だ)。

「民主党」の現在のブランド価値がよりクリアにわかったのは、岩手選挙区(当選1人)だろう。

 ここは、過去には小沢一郎氏の影響力が強い俗称「小沢王国」と言われるような選挙区だが、今回は民主党を離れて無所属で立候補した平野達男氏(元復興相)、民主党公認の吉田晴美氏、小沢氏率いる生活の党の関根敏伸氏の3人に、旧民主党勢力が分裂した。