経営×ソーシャル
ソーシャルメディア進化論2016
【第36回】 2013年8月6日
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武田 隆 [クオン株式会社 代表取締役]

【大庭広巳氏×武田隆氏対談】(前編)
大ヒット雑誌を生み出したリクルートのすんごい会議

バブル経済の余韻が残る1990年。若者にとって旅行といえば「もっぱら海外ばかり、国内なんて全然興味ナシ」という風潮だった時代に、ひとつの国内旅行情報誌が産声をあげた。リクルートの『じゃらん』だ。
決して追い風とはいえない環境のなか創刊した『じゃらん』はしかし、またたく間に多くの読者を獲得。それまで海外に向きがちだった若者の足を、国内に向かわせることに成功した。
では、『じゃらん』の成功を支えていたものとは何か?それは、リクルートの会議で徹底的にカスタマーインサイトを追究する「会議」にあった――同誌の創刊当初から関わり編集長として活躍、現在は独立して事業開発コンサルティングおよびプロデュースを手がける大庭広巳氏に、おおいに語っていただいた。

地域別から、興味別に。ユーザーの言語を使う。

武田 大庭さんは、NTT、NTT DoCoMo、キリンビール、ブリヂストン、松屋銀座など、さまざまな企業のコーポレート・アイデンティティ(CI)戦略を手がけたコンサルティング会社「PAOS」に新卒で入社、その後リクルートに転職し、国内旅行情報誌『じゃらん』の立ち上げを担当されたんですよね。

大庭広巳(おおば・ひろみ)
株式会社OBAS 代表取締役。
早稲田大学法学部卒業後、1982年にCIコンサルティング会社である(株)PAOS入社。ブリヂストンCI戦略、銀座松屋 BI戦略「ギフト戦略」立案などに参加。1984年、株式会社リクルート入社。AB-ROAD事業部企画推進課長として、航空会社、政府観光局のプロモーション企画開発に従事。「じゃらん」創刊準備室リーダーを経て創刊後、同副編集長、1993年編集長に。1997年、電子メディア事業部編集長を務め、ISIZE戦略プランニングに関わる。1999年、「ISIZE」OPEN後、同編集長。2000年、リクルートとUS-ABOUT社とのジョイントベンチャーである(株)リクルートアバウトドットコムジャパン(現(株)オールアバウト)設立と同時に、取締役兼COOに就任。2004年、有限会社大庭広巳事務所を設立。2011年、株式会社OBASに社名変更、現在に至る。

大庭 はい。CIというのはロゴやスローガンを策定するだけでなく、最終的には組織のリデザインを促すものだなと当時感じていました。マーケティング活動のみならず、組織が活性化することが最終的には大事なんじゃないかと。デザイン戦略だけではなく、人をもっとリアルに活性化する事業をやりたいと思って転職しました。結局、その関連の部署には一度も配属されませんでしたが(笑)。

武田 私は、学生時代にウェブサイト制作の仕事を始めたのですが、よく仕事を発注してくださった会社が、リクルートでした。営業が強い会社でありながら、デザイナーもいて、クリエイティブの力もあって、とてもエネルギッシュで……。当時、学生だった私には、皆さんがすごく大人に見えて(笑)、銀座のオフィスに行くたびに、「カッコイイ!」と思っていました。

大庭 カッコイイかどうかは内部にいるとよくわかりませんでしたが(笑)、スピード感はとにかくありましたね。

武田 転職してすぐ『じゃらん』の立ち上げに関わったんですか?

大庭 最初は海外旅行情報誌の『AB-ROAD』(1984創刊、2006年休刊)に配属になりました。『じゃらん』って、最初は『AB-ROAD』の巻末に、実験的に国内の旅行情報を載せていたところから始まってるんですよ。僕はその時点ではチームには参加していませんでしたが。

武田 では、そのコーナーが評判になって、1冊の雑誌として独立させることになったんですか?

大庭 いえ、最初はあまり効果が出なかったんです。それが、情報を地域別から興味別に並べ直したら、すごく反応がありました。つまり、INDEXを「エリア」から「インタレスト」に変えたんです。

武田 通常、旅行雑誌は地域別に情報が分類されていますよね。興味別とは?

大庭 たとえば、宿の情報を「カップルで行きたい」「1万円以下で泊まれる」などのユーザーの興味関心事で分け、いろいろな地域が混ざっている状態で載せました。つまり、ユーザーが普段使っている言語に切り替えたんです。興味別にして反応が良くなったことで、本格的に国内旅行情報誌を検討しようという決定が出たようです。1989年4月に準備室ができ、僕はそこからの参加で、1990年1月に創刊しました。

武田 1年弱でやってしまうんですね。すごいスピード感ですね……。

大庭 それでも、社内では「遅い」って言われてましたけどね(笑)。

武田 隆(たけだ・たかし) [クオン株式会社 代表取締役]

日本大学芸術学部にてメディア美学者武邑光裕氏に師事。1996年、学生ベンチャーとして起業。クライアント企業各社との数年に及ぶ共同実験を経て、ソーシャルメディアをマーケティングに活用する「消費者コミュニティ」の理論と手法を開発。その理論の中核には「心あたたまる関係と経済効果の融合」がある。システムの完成に合わせ、2000年同研究所を株式会社化。その後、自らの足で2000社の企業を回る。花王、カゴメ、ベネッセなど業界トップの会社から評価を得て、累計300社のマーケティングを支援。ソーシャルメディア構築市場トップシェア (矢野経済研究所調べ)。2015年、ベルリン支局、大阪支局開設。著書『ソーシャルメディア進化論』は松岡正剛の日本最大級の書評サイト「千夜千冊」にも取り上げられ、第6刷のロングセラーに。JFN(FM)系列ラジオ番組「企業の遺伝子」の司会進行役を務める。1974年生まれ。海浜幕張出身。


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