風俗として社会を語る可能性

磯部 『漂白される社会』も同様の意識の下に書かれたと思うのですが、「風俗」という問題の設定は、まだまだやりようがあるのかなと考えています。「風俗」は「文化」のように高尚なものではなく、むしろ、卑近なものであり、だからこそ、社会と深く結びついています。原発にしても、「風俗としての原発」という側面もありますよね。

開沼『踊ってはいけない国で、踊り続けるために』の永井良和さんのお話は面白かったですね。

磯部 僕が永井さんの『風俗営業取締まり』(講談社)から引用した、「風俗という語の意味をもう少し明確にするためには、民俗という言葉と対比するのがよい。民俗が、生活慣習のなかで不変の部分、長く変わりなく維持される部分だとすれば、風俗は比較的変わりやすい部分、社会のなかの移ろいやすさをつかまえる言葉である」という文章ですね。

開沼 磯部さんの一連のお仕事もまさにそうなんですが、民俗学的な社会の描き方をいかに活性化できるかは、重要な問題だと思っています。

 去年、毎日新聞で「気になる現場学」という連載をし、その1つとして、北海道・釧路にある「釧路コールマイン」という炭坑に取材に行きました。そこでは今も石炭を掘っていて地元の人が働いています。さらに、中国人やベトナム人も働いているんですが、彼らは安全性の研修をしているんです。

 日本では、戦前から安全管理のノウハウを蓄積しているため、それが新興国からしたら魅力的である。もちろん、その人材育成事業がこれから急拡大するという話ではありませんが、近代以前から現代に至るまでに育ってきた、文化的にも貴重な資産なわけですよね。でも、そこに炭坑があるということすら、日本に住んでいる多くの人は知りません。

磯部 なるほど。

開沼 そうした社会の中では周縁的なものが古くからあるかどうかは別にして、誰かが言葉にして掘り起こさないと誰も気付かずに、忘れてしまうわけです。それは、磯部さんが日本のラップの歴史を原稿にされているように。

 そういうことは、例えば90年代までは、民俗学者と名乗る人が意図的に行なっていたようにも記憶していますが、近年、若手社会学者は出てきても、若手民俗学者がなかなか出てこなかったりもして。

 もちろん、何学者でも、何ライターでもかまいませんが、そうした「風俗」への想像力はあえて喚起しなければならないと感じています。

磯部 そこでの「民俗」は、むしろ、永井さんが言う「風俗」に近いニュアンスですね。民俗学者とは名乗っていませんが、近いことをやっていたという意味では、90年代の宮台真司さんや松沢呉一さんが最後でしょうか。

開沼 そうなんです。そこは誰かがやらなければいけないと思います。それこそ、磯部さんはその系譜なのかなと思っています。

磯部 僕は以前、「音楽風俗ライター」と名乗っていた時期があって、ややこしいからやめてくれと言われて、普通に「音楽ライター」にしてしまったのですが、文化ではなく、風俗として音楽を語りたいという気持ちがあるんですよ。文化論になってしまうと、それこそ、問題の射程が広過ぎて、結局は美学的で抽象的な話になってしまいます。

 それよりも、風俗として捉えることで、音楽に具体的な輪郭を与えたい。『踊ってはいけない国』シリーズは、まさにその延長にあります。いま、文化を語りたがる人はいくらでもいますが、風俗を語る人は少ないと思うんですよね。

開沼 おっしゃる通りです。確固たる、カッコいい「文化」ではなく、「風俗」として。

磯部 いわゆる批評ブームにもそれを感じます。例えば、最近は文化に政治性を見出すという手法が流行っていますが、先ほども言ったように、本来、文化は現実逃避的な性格を持っているので、そこには少し無理があるとも思うんです。ただ、風営法しかり、風俗は否応なしに政治と関わってくるため、風俗という切り口なら、それがもうちょっと自然にできるんじゃないかと。

開沼 そう思います。

磯部 AKB48だって、「接触」という側面から見れば、脱法的な性風俗とも言えるわけですよ。最近だと、さやわかさんの『AKB商法とは何だったのか』(大洋図書)なんかはコンプガチャみたいな風俗としてもAKBを分析していましたが、そのような試みはもっとされてもいいんじゃないでしょうか。

開沼 アマチュアとしてTwitterで揶揄しながら語る、もしくは、経済学者などによる「キャバクラシステムがあってね」という語りは市井で努められています。ただ、プロとしてそれを語り得る余地ってとても大きいと思います。そういう意味でも、磯部さんのお仕事はとても面白いです。

磯部 風営法問題にコミットすることでやりたいことが明確になってきた部分もあるので、さらに精進したいと思います。ちなみに、光文社新書でこの辺りのことについて書き下ろすことになっています。

開沼 それは出版が楽しみです。貴重なお話をいただき、ありがとうございました。

磯部 ありがとうございました。


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