持ち運べる3Dプリンタ?
――周縁から起こる突発的なイノベーションこそが面白い

 依然として、国内の報道では、医療用や金属用など、用途がわかりやすく、より性能を高めようとする3Dプリンタだけにスポットライトが当たりすぎているきらいがある。しかし筆者から見れば、むしろ周縁で創意工夫をもって開発されている家庭用・個人用の、いわば「変種」こそ、いま一番面白い。意外で面白く、そして人間らしさを感じさせるような豊かで創造的なアイデアがたくさん詰まっているからだ。そして、既知の応用分野に3Dプリンタを当てはめようとするのではなく(多くの人は往々にしてそのようにとらえがちだが)、3Dプリンタの種類を広げ進化させることで、新しい応用領域そのものも同時につくっていこう、という意志が感じられる。

 ひとつ、例を挙げよう。8/26のシンポジウムでも紹介される予定の「PopFab」は、スーツケースと一体化された3Dプリンタである。これが完成すれば、移動中やプレゼンの前などに、気軽に3Dプリンタで小道具やアイテムを出力するといったことが可能になるかもしれない。あるいは旅先などで必要なモノを買うことができない異国の地でさえ、自分で出力することが可能になるかもしれない。新しいスタイルの山や川でのキャンプや登山も生まれるかもしれない。

PopFab Episode 1 - Introduction from Ilan Moyer on Vimeo.

 さらにいえば、この機種は、先端が交換可能にもなっている。3Dプリンティングだけではなく、切削造形にも、ペーパーカットも、あるいはお絵描きだってすることができるのである。これが「マルチメディア」のものづくり版、「マルチファブ」と呼ばれるコンセプトである。こうしたものは、すでに「3Dプリンタ」とは呼ばない。現在有力な呼称は「パーソナルファブリケーター(PF)」である。おわかりと思うが、これは「パーソナルコンピュータ(PC)」からのアナロジーである。

「3Dプリンタ」と「ミシン」の意外な共通点とは?<br />――これからの世界をクリエイティブに生きるための<br />新しいリテラシーを考えるManual NC: 現在田中浩也研究室で開発中の、新しい概念にもとづく工作機械のひとつ。いっさい電気を使うことなく、データで絵を描いたり紙を切ったりすることができる(廣瀬悠一による)
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 コンピュータがデスクトップからラップトップに進化したように、3Dプリンタも持ち運び可能で多機能な「パーソナルファブリケーター(PF)」となって、社会に浸透していくかもしれないのだ。

 最近、「3Dプリンタの市場規模がこれからどうなっていくか」という質問をたくさん受けるが、多くの場合、「3Dプリンタ」という枠自体がこれからどんどん進化していくことが想像されていない。マルチファブや、「パーソナルファブリケーター(PF)」、そして、デジタル工作機械という枠組みで、これから10年、20年先の変化を考えていくべきではないだろうか。

ミシンと3Dプリンタの意外な共通点
――修理も改良も自分でできるアップサイクルの世界へ

 ところで筆者は、「現時点の」3Dプリンタがいかに自分の暮らしを変えるのかを、自分を実験台にして確かめようと思い、いまから5年前の2008年、「Fab@Home (家庭用ファブ)」と呼ばれる機種を自宅に設置した。この機種は、ABSやPLAといった樹脂を使うのではなく、自分で「材料」を調合してスポイトにセットするというもので、食品や土、氷なども出力することができる。つまり、はじめから「家庭での幅広い利用」をコンセプトの中心にしていたものだ(もちろん樹脂も出力できる)。

 その後、いくつかの3Dプリンタを試したが、私の暮らしで一番変わったことは、製品の「修理」や「改造」が生活の一部になったことである