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かの残響、清冽なり――本田美奈子.と日本のポピュラー音楽史

ロック歌手・本田美奈子さんとの2年間を語る
Wild Catsのドラムス飯田三千さん(1988-89年)

坪井賢一 [ダイヤモンド社論説委員]
【第32回】 2013年8月9日
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最後の大規模な公開演奏会だった「クリスマス・コンサート」(新宿文化センター)の4ヵ月前、2004年8月15日、大阪のコンサート会場でWild Catsのドラムス、飯田三千さんが本田美奈子さんの控室をたずねた。15年ぶりの再会だった。飯田さんが語るロックバンドWild Catsの日々。

大阪で15年ぶりの再会

アルバム「豹的(TARGET)」のジャケット見開き。下のジャケット写真5人の中央が飯田三千さん(1989)

 大阪WTCコスモタワーで行なわれた「本田美奈子コンサート」の様子を本田美奈子さんはファンクラブの会報にこう書いている。

 「(略)久しぶりにマリリン、Sosotteなど、ポップス系の歌をうたって、私自身メチャ楽しくあっという間のステージでした。ずーっと歌っていたかった。(略)それにビックリした事があったんだ!! Minako With Wild Catsのメンバーと再会出来たの!!」(本田美奈子「Blue Spring Club」2004年9月号)。

 ここまでは連載第28回で紹介した。本田さんの文章はこのあとこう続く。

「誰だと思う? それはドラムのCOCO(飯田三千)でーす。突然、子どもを連れて楽屋に来てくれたの!! 1回目のステージを見てくれたんだって!! 今は大阪で主婦してるって言ってました。久し振りの再会で本当に嬉しかった」(本田美奈子「Blue Spring Club」2004年9月号)。

 飯田三千さんは本田さんのコンサートが大阪であることを知り、その日1回目の本番終了後、WTCの控室のそばまで行ってみた。小学校へ上がる前の男の子を連れていた。係員に「もし会えるなら…」と伝えてもらったところ、「はあい、ミチー!」と言いながら本田さんが現れた。89年後半に別れて以来、15年ぶりの再会だった。

 本田さんは「ミチーが来るなら『あなたと、熱帯』を歌ったのにぃ」と飯田さんに話した。

 2004年夏といえば、ミュージカルに出演する一方、ソプラノ・リサイタルが増えていた時期だ。飯田さんもそのような様子は知っている。

 「もうWild Catsは歌わないと思っていました。意外でしたねえ」(飯田三千さん)

 この日はポップスもたくさん歌っている。Wild Catsのオリジナルは歌っていないが、本田さんの持ち歌であるロック系の「CRAZY NIGHTS」と「孤独なハリケーン」はプログラムに入っていた。Wild Catsでもよく歌っていた曲である。「孤独なハリケーン」はWild Catsオーディションの課題曲でもあった。

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坪井賢一 [ダイヤモンド社論説委員]

1954年生まれ。78年早稲田大学政治経済学部卒業後、ダイヤモンド社入社。「週刊ダイヤモンド」編集長などを経て現職。著書に『複雑系の選択』『めちゃくちゃわかるよ!経済学』(ダイヤモンド社)『浦安図書館を支える人びと』(日本図書館協会)など。


かの残響、清冽なり――本田美奈子.と日本のポピュラー音楽史

日本のポピュラー音楽の誕生をレコード産業の創始と同時だと考えると、1910年代にさかのぼる。この連載では、日本の音楽史100年を、たった20年の間に多様なポピュラー音楽の稜線を駆け抜けた本田美奈子さんの音楽家人生を軸にしてたどっていく。

「かの残響、清冽なり――本田美奈子.と日本のポピュラー音楽史」

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