現在の成功と既存顧客の意見が阻害する?
大企業が破壊的イノベーションを起こせない理由

 第1論文(本書第1章)には、クリステンセンの考え方の核心が提示されています。

 これらハイテク企業は、既存顧客を維持するためには投資をいとわず、またこのような投資で成功してきたにもかかわらず、なぜ将来の顧客が求める技術に投資できないのか。官僚主義、傲慢さ、無気力な経営陣、ずさんな計画、近視眼的な投資など、これらすべてに原因があったことは間違いない。とはいえ、このパラドックスの根底には、もっと根本的な理由がある。業界リーダーたちは、マネジメントにおいて有名かつ重要とされている、ある一つの教義をやみくもに信奉している。すなわち、顧客の意見に耳を傾けるというものだ。(4ページ)

 この一節は衝撃的でした。「顧客の声に耳を傾ける」ことによって、既存顧客が価値を認めない新技術に投資できず、新技術が出現した時には既存市場は消えてしまう可能性が出てくるというのです。

 クリステンセンはこう続けます。

 新技術を開発し製品化するには、既存顧客のためにつくられたプロセスやインセンティブから解放されなければならない。その唯一の方法は、主力事業から完全に独立した組織をつくることである。(7ページ)

 大企業はなぜ破壊的イノベーションを起こしにくいのでしょうか。

 目の前にある技術イノベーションを評価するに当たっては、その企業の収益構造とコスト構造が大きく影響する。一般的に優良企業にとって、破壊的技術は経済的魅力に乏しい。その時点で認識される市場から推測される売上げは小さく、その破壊的技術の市場が将来どれくらい発展するのかを予測することは難しいからである。そのため、その新技術は企業成長には貢献しないと決めつけがちで、わざわざ経営資源を傾けて開発するには値しないという結論を下す。(11ページ)

「イノベーションのジレンマ」を世に問い、<br />時代を生き抜く方法を提示した全論文集「イノベーションのジレンマ」を語る際には欠かせない、市場の需要と破壊的技術の性能曲線を表した図。クリステンセンが一番初めに示したのはハード・ディスク・ドライブの容量でした。
[画像を拡大する]

 つまり、既存市場に適合しないと思われる破壊的技術の未来に賭けることができるかどうかなのです。成功体験の多い大企業ほど困難でしょう。この壁を乗り越えるには、たしかに社内に独立した組織をつくるしかないかもしれません。

 クリステンセンはステップを追って対策を繰り出します。

 自社から独立したスタートアップ企業に実験させるとよい。(23ページ)

 社内ベンチャーですね。第1論文では以上の問題提起と対策の提示で終わるのですが、この論文への反響は大きく、1997年のベストセラー『イノベーションのジレンマ』につながることになります。