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アマデウスたち

辻口博啓
ナンバーワンを追い続ける気骨

週刊ダイヤモンド編集部
【第78回】 2009年5月15日
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辻口博啓
写真 加藤昌人

 石川の和菓子屋「紅屋」の3代目として生まれた。父が借金の連帯保証人となったことから家は零落。東京・田園調布の洋菓子店に飛び込み、弟子入りした。月給は4万5000円。

 「カネもなければコネもない。そんな自分が這い上がるには、オンリーワンなんて甘っちょろいことを言ってはいられない。ナンバーワンが絶対条件だった」。23歳で全国洋菓子技術コンクールに優勝。30歳まで5度の世界大会に日本代表として出場、2度の優勝経験を築いた。

 東京・自由が丘に構えた念願の1号店には、今も行列が絶えない。2004年には「和楽紅屋」として生家の和菓子ブランドを復活させた。今年9月、石川県立美術館にオープンした「ル・ミュゼ・ド・アッシュKANAZAWA」では、茶の湯で培われた加賀の和菓子の精神性を継承し、能登の素材をふんだんに取り入れ、魅了する。

  「人と同じことはやりたくない」という気骨と、「生産性を追うだけの仕事に喜びは見出せない」というアルチザン(職人)的気質が成功を支えている。現在、こだわっているのは素材としてのコメ。粉にしても麺にしてもいい。世界への道が開かれたときに見えた「自分は日本人であるという喜び」がそれに気づかせてくれた。

 「テンションが落ちたら引退するしかない。一分一秒の重みをかみ締め、たった今の感性を一心不乱に表現する」と自分自身に誓う。夢は「世界征服」。諦めることを知らない。

(ジャーナリスト 田原 寛)

辻口博啓(Hironobu Tsujiguchi)●パティシエ 1967年生まれ。18歳から東京、フランスのパティスリーで修業を重ねる。97年「クープ・ド・モンド(ワールドカップ)」個人優勝などを経て、98年東京・自由が丘に「モンサンクレール」をオープン。以後、コンセプトの異なる11のブランドを展開。

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