暮らしや社会の仕組みにこれほど影響する国際交渉はめったにない。ところが我が国の代表がどんな主張をし、いかなる交渉をしているか、その姿を国民に知らせない。環太平洋経済連携協定(TPP)交渉は、内容だけでなく、政策の決定過程に暗闇を抱えている。情報を公開すれば交渉そのものが成り立たない、というTPPの本質と深く関わるが、メディアの反応は鈍い。各国が合意し協定内容が明るみに出れば、あちこちから怒りの声が上がるだろう。支持率が支えの安倍政権に異変が起きかねない。

「生贄」は密室で選ばれる

 主権者不在のままTPP交渉は最終局面を迎える。「聖域」のはずだった農産品5品目の死守は不可能な情勢だ。譲歩を迫られる日本が切るカード、つまりコメを護る代わりに関税撤廃を受け入れる農産物を何にするか、間もなく決まる。開かれた議論もないまま「生贄」は密室で選ばれる。

「ブルネイ会合が終われば政府内部で農産品関税の妥協案が話し合われることになる」と、政府関係者はいう。それだけではない。年内合意となれば、国民の関心事である「食の安全」や「国民皆保険」を構成する薬価や保険、外資企業が国内の司法制度を飛び越え政府を訴えることができるISD条項など、TPPが誰の利益に沿ったものか骨格が見えてくるだろう。

 消費増税導入を間近に控えた来年の通常国会はTPPで紛糾する。政府・自民党は議席の多数で押し切ればいいと考えている。農政議員を抑え込み、少数の野党が騒いでも、協定を批准することは数で可能だ。だがそんなことでいいのか。国家を縛る協定こそ党派を超えた慎重で周到な検討が必要なのだ。

 7月のマレーシア会合の直前、内閣官房に設けられたTPP対策室に協議内容の文書一式が届いた。英文で10センチを超える膨大な資料。各省から集められた役人が手分けして対応するが「テキストの日本語訳は作らない」という。