「総本店の売上もずっと前年割れだろ?前年を越えなくなってからもう何年にもなるよな」沼口が言った。

「既存店もほとんどが前年を割っているはずだよ。会社全体として売上は伸びているけど、それは新店の出店の分、売上が増えているからだ。その新店さえもかつてのような売上は見込めないから、店舗の収益性は大幅に低下している。郊外の紳士服の市場は、ほぼ飽和状態だと思うな」

「この間、新店に配属された、僕の同期も言っていました。うちの店にとっては初出店の商圏なんですが、同業の店はもうすでにあるので、単純に、お客さんの取り合いをしているだけだって」

 守下も口をはさんだ。

「つまり、うちは今、成長の踊り場にあるってことだな」

 高山は、自分なりの決めの一言を言ったつもりだったが、二人には完全に無視された。

「結局、昔のような強気の予算を立てたって、その通りにいかなくなってきているからな。上場している以上、利益を上げるには、売上を上げるか、経費を下げるかしかないだろ」

「店舗では、バックルームの電気を消せとか、電話を短くしろだの、いろいろな通達が本社からきていますね。でも店舗でできる経費節減の余地なんて、そんなにたくさんないですものね」

 食事を終えた守下が言った。

「あの制度は、以前から阿久津専務がやるべきだって言っていたアイデアだ。『わしらは商売人や、商売人は自分が食う分を自分で稼がなあかん、働かざる者食うべからずや』って。『売った奴がたくさん給与をもらえるようにすれば、店舗の奴ら、みんな必死で売るでえ』って、ずっと言っていたらしい」

 食事を終えた沼口は、専務の口真似をしながら話した。

「沼口さんは社内のことを、本当によく知っていますねえ」

 守下は感心しながら言った。

 沼口は本社機構の商品部のバイヤーとして各部門長たちからも重宝がられていたため、社内の事情にはかなり精通していた。

 よって、本社でいろいろな方針や施策が決まるたびに、誰がどう言っているか、思っているかなど、裏事情についてもよく把握していた。

(つづく)

※本連載の内容は、すべてフィクションです。
※本連載は(月)~(金)に掲載いたします。


◆ダイヤモンド社書籍編集部からのお知らせ◆

『戦略参謀――経営プロフェッショナルの教科書』
好評発売中!

第2回<br />企業はなぜ成長、低迷を繰り返すのか?<br />――突然の異動

『戦略参謀――経営プロフェッショナルの教科書』が、8月30日に発売!
大手紳士服チェーン「しきがわ」の販売スタッフ高山昇は、ある日、経営幹部の目の前で給与制度を批判したことから、新設の経営企画室に異動させられてしま う。しかし、高山は、持ち前の正義感と行動力を武器に、室長の伊奈木とコンサルタントの安部野の助力を得ながら、経営改革の推進役=戦略参謀として一歩ず つ成長する。社内の地雷を踏みまくりながら、愚直に改革に取り組む主人公の姿を通して、経営企画の仕事とは何か、そして、企業改革のあり方をリアルに描 く。
四六判並製・428ページ・本体1,680円(税込)

ご購入はこちらから!→ [Amazon.co.jp] [紀伊國屋書店BookWeb] [楽天ブックス]