**海のものとも山のものともわからない部門

 店舗での接客以外では、ほとんど商談らしきことをしたことがない高山は、自分から話をどう切り出したらいいかわからず戸惑っていた。すると仏頂面の安部野がまず、口火を切った。

「君、伊奈木君が今度行った会社で、彼の下に入ったんだって?」

「はい。そうです」

「伊奈木君から話は聞いているが、君自身について、また君から見た今の会社の状況、そして今日、君が来た目的を話してくれるかな」

 高山は、伊奈木から、なんでも話してきて大丈夫と言われていたこともあり、自分がしきがわに入ってからのこと、口が災いして専務ににらまれて店を外されたこと、そして今度配属された経営企画室って、何をする場所なのかわからないことなどを話した。

 安部野は、終始黙っていたが、時折、天井を仰いだりして、高山の話を聞いていた。

 一通り話が終わったあとに、
「大体わかった。つまり、君の配属された経営企画室は、海のものとも山のものともわからないが、あったほうがよさそうだからとつくられた部門ということだな」と、安部野は、前のテーブルの端にあった電話の受話器を取り、内線電話をかけ、「珈琲を持ってきてくれ」と伝えた。

「おそらく君の会社の人事部はもちろんのこと、社長さえも、経営企画室には何をやらせればいいのだろうかと、まだ腹では思っているままなのだろう。そういう部門が必要であると、どこかで聞いたか、あるいはどこかのコンサルタントとかに言われてつくったのだろう」

「四季川社長の強い意向だそうです」と高山は答えた。

 そんな感じで何をするのかわからないままに経営企画室のような部署がつくられること自体が、問題なのだが、と安部野はつぶやいた。

「確か今の社長は、創業者の息子さん、2代目だったな。おそらく自身の今の事業運営になんとなく不備を感じているのだろう」

「そうなんでしょうか」と高山は相槌がわりに答えた。