本社サイドでできる予防策はない

 以上の労働法に関するリスクに対して、本社のマネジメントサイドで事前に何らかの予防策を取り得るのでしょうか。結論としては、リスクが発生することそのものに対して、効果的な事前の予防策は見当たりません。できることは、いざリスクが顕在化した際に慌てないように、自社デューデリジェンスを実施することで、遡及型経済補償に関するリスクのインパクトをあらかじめ把握しておき、有事の際に必要となる予算措置を検討しておくことだけでしょう。

 この問題について、労働者との交渉で何とかできるのではないか、と考える方もおられるかもしれませんが、中国では法律上理屈が成り立つ要求について、労働者側は一切妥協をしません。そのため、法定の基準を下回る内容で交渉が成立する可能性はなく、交渉ではどうにもなりません。

 しかし、決して交渉が無意味であり、しなくてもいいということではありません。むしろ、あらゆる手段・知恵を総動員して交渉することは不可欠です。もしこの努力を怠った場合には、遡及型経済補償だけではなく、これに加えてさらにプラスの経済補償を支払いわされる羽目に陥る可能性があります。したがって、この種のリスクを防止するという意味において交渉は有意義であるわけです。

 これまでは経済補償問題に焦点を当てて解説をしましたが、清算型撤退の場面では特に、労働者が、これが最後のチャンスだとばかりに凄まじい要求を突きつけてくることも珍しくありません。その過程でストライキが発生することも、しばしばあります。

 一方、出資持分譲渡型撤退は、清算型撤退と比較すると穏やかに進展する傾向はあるものの、譲渡先、譲渡の経緯、譲渡前の企業の業績、労働者の待遇等の諸事情によっては、労働者の反発を招き、大規模なストライキが発生する場合もあります。出資持分譲渡型撤退を決断する際にも、対労働者との関係でどこに発火点があるのか、事前に十分に見極め、対策を講じておく必要があります。


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