半沢直樹シリーズ第3弾『ロスジェネの逆襲』

いまや社会現象にまでなり、大好評のうちに最終回を迎えた「半沢直樹」。ドラマは敵役の大和田常務がヒラ取締役への降格という“温情判決”を受ける一方、半沢は子会社への出向を言い渡されるという意外な結末を迎えました。中野渡頭取の真意やいかに…? 早くも続きが気になってしかたがないという方に、半沢の「その後」を少しご覧に入れましょう。東京セントラル証券に飛ばされた半沢が、親会社である東京中央銀行から受ける圧力や嫌がらせを、知恵と勇気で倍返し──本連載では、直木賞作家・池井戸潤作、半沢直樹シリーズ第3弾『ロスジェネの逆襲』(ダイヤモンド社刊)の冒頭部分を[試読版]としてお届けします。

 

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 電脳雑伎集団の平山が夫婦で訪ねてきたのは、十月のとある月曜日のことであった。

 二〇〇四年、米大リーグでジョージ・シスラーの持つ年間最多安打記録をイチローが破った翌週のことである。

 半沢直樹が、重要な顧客だけが通される第一応接室に出向いたとき、すでに次長の諸田祥一と森山雅弘のふたりがいて、IT企業の電脳雑伎集団を率いる平山一正社長と、その妻で同社副社長の美幸夫人の相手をしていた。

 電脳雑伎集団は、平山が三十五歳のとき、それまで勤務していた総合商社を辞して創業したベンチャー企業であった。中国企業を連想させる社名は、かつて中国雑伎団によるアクロバティックな演技を見て感動した平山が、IT分野でも同じ超絶技巧を駆使するプロ集団をイメージして命名したものだ。

 株式を新興市場に上場したのが創業五年目。この時点で、平山は巨額の創業者利益を得て、日本の起業家のいわばスター的な存在にまでのし上がり、いまやその世界では知らぬ者のない有名人になっている。

 今年五十歳になる平山はサラリーマン時代を彷彿とさせる地味なスーツ姿だが、一方の美幸は、ひと目でそれとわかる派手なブランド物の服に身を包んでいた。

 半沢が来る前にいい話でもあったのか、いま諸田が期待に顔を輝かせ、肘掛け椅子を半沢に勧めた。その諸田の横では、森山が、いつもの仏頂面でノートを広げ、ボールペンを構えている。

「こちらからまたご挨拶にお伺いしようと思っていたところです。わざわざお越しいただきまして、ありがとうございます」

 半沢は礼をいった。平山とは、それまで勤務していた東京中央銀行からこの東京セントラル証券へ出向を命じられた二カ月前に部長就任挨拶で初めて会社を訪ねたとき以来である。

 重要な顧客という位置付けにはなっているものの、電脳雑伎集団との関係は鳴かず飛ばずで、上場時の主幹事を務めたのを最後にさしたる取引実績がない。担当の森山を通じて様々な商品を持ち込んでも、ことごとく門前払いを食らわされているといった状況であった。

「重要なお話なので、部長にもぜひ、同席していただきたいとのことです」

 それが商談だと勝手に期待しているらしい諸田の言葉に、礼をいいながらベンチャー企業の創業者夫妻を見やった半沢は、ふと眉を上げた。

 ふたりの表情にいつにない真剣なものが浮かんでいたからである。ただならぬ気配が漂い出ている。