「知的機動力経営」への
進化を成し遂げるために

 具体的には、知識創造を不断に、圧倒的なスピードで起こし続けられる人材、すなわち「実践知のリーダー」の育成である。そういう人材は、(1)善い目的をつくる能力、(2)場をタイムリーにつくる能力、(3)ありのままの現実を直観する能力、(4)直観の本質を物語る能力、(5)物語を実現する政治力、(6)実践知を組織化する能力を備えている。知的機動力経営を実現するには、こうしたリーダーが組織に広く、自律分散的に存在していること、しかもピラミッド型組織ではなく、重層的な相似形構造のフラクタル型組織であることが必須だ。

 先の6つの能力に加え、複雑性がますます増している現代の企業社会を勝ち抜くためには、時間軸や空間軸を見据えながら、事象の関係性を洞察できる高質な構想力が必須となる。それを「歴史的構想力(ヒストリカル・イマジネーション)」と言い換えることもできる。

 歴史家は、過去の事実と自らの想像との間を往還し、歴史のあるべき姿をシミュレートしながら、大きな歴史の流れを紡ぐ。そのときに必要なのが歴史的構想力だ。一方、歴史家ではない一般のリーダーは、現在の事実に基づいて未来のあるべき姿を思い描き、現実を常に過去としながら未来をつくっていく。現在は過去の延長にほかならないから、視線の先が過去か未来かの違いだけで、その行為は一流の歴史家と似通っている。つまり、未来を創造するリーダーにも歴史的構想力が必要であり、それがあれば鬼に金棒となるのだ。

 こうした人材を育成するには、MBAプログラムが軽視しがちなリベラルアーツ(教養)教育が鍵を握る。人間とは何か、社会とは何か、真・善・美とは何かを徹底して考えさせることで、物事の関係性を読む能力を高めるのだ。

 修羅場体験など、高質の仕事経験を積ませることも大切だ。制度人事から個別人事へ軸足を移し、適材適所の適時実現によって、実践を通じてリーダーを育成する。広範なプロジェクトリーダー制を敷くのもいいだろう。その際、各リーダーに人事権を与えることを恐れてはいけない。そうやって仕事の文脈に応じて各人の可能性を見極め、人と組織の能力を解き放つ。それをグローバルレベルで実践するのだ。

 そうすれば、さまざまな人材が持つ知を結集できるプロデューサー型人材が育成できる。本田宗一郎、松下幸之助、井深大、早川徳次、考えてみれば、これら日本を代表する起業家たちこそ、すべて超一流の知のプロデューサーだった。そういう人材がトップはもちろん、ミドル層にも多数揃っている企業は強い。

 こうして育成されたリーダーが組織にちらばっていけば、生きた見本となり、下からも同じようなリーダーが陸続と生まれてくるだろう。

 いくつかの日本企業では、このような知的機動力を高める動きをすでに進めている。たとえば本書では登場しなかったトヨタ自動車だ。同社の豊田章男社長によれば、これからのトヨタが目指すのは「いい車づくり」だという。「いい車」は乗る人によって違う。価格の安さを重視する人もいれば、走りや内装、デザインを重視する人もいる。耐久性や使い勝手のよさが重要だという人もいるだろう。そうした衆知を総合した「いい車」を作りつつ、社としては全体コストの低減を図る。その両立こそが「いい車づくり」だというのである。

 商品力の強化とコスト削減。互いに相容れない目標を実現するには、さまざまな関係性を読み、その時々の最善を適時適切に判断する知的機動力が必要であり、鍵を握るのがそれぞれの車を開発するプロジェクトリーダーに他ならない。トヨタの場合も、プロジェクトの関連部門を巻き込んで、各人の能力を見極めて伸ばすという個別人事をしっかり行っている。

「いい車」というのは公共善にもつながるキーワードである。このように、トップのあるべき役割は壮大なビジョンを掲げ、大きな経営判断を行うことなのだ。そして、現場には現実があり、ミドルが、トップと現場の両者をうまく組み合わせることで、新しい価値やイノベーションが生まれる。創造モデルの王道はそこにあるのだ。

 一方、中国および韓国企業の経営は、「学習モデル」から独自の「創造モデル」に転換しつつある。この点で、われわれが彼らから学ぶところは少なくない。本書で取り上げたサムスンにおける三極の経営やファーウェイにおけるCEOの輪番制など、そのダイナミクスには目を見張るものがある。私自身、この本をつくる過程で金先生および徐先生の研究から多くのことを学んだ。

 これまでのように欧米企業の経営を参考にするだけでなく、アジアの企業とも互いに学び合いながら切磋琢磨し、日本独自のサムライ・キャピタリズムの上に花開く創造モデルを革新し続ける。それができる限り、未来永劫、日本企業は独自の経営モデルを世界に発信していけるものと私は信じている。


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