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かの残響、清冽なり――本田美奈子.と日本のポピュラー音楽史

松井須磨子、中山晋平、竹久夢二を見出した
天才的プロデューサー島村抱月のすべて

坪井賢一 [ダイヤモンド社論説委員]
【第36回】 2013年10月4日
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島村抱月(1871-1918)は、現在では松井須磨子(1886-1919)との関係と芸術座の5年間で強く記憶されているが、19世紀末から20世紀初頭を代表する文学者である。養父・島村文耕の支援を得て1890(明治23)年に島根県浜田から上京し、東京専門学校政治経済科に入学、翌年に発足2年目の文学科へ転じ、坪内逍遥(文学、1859-1935)と大西祝(哲学、1864-1900)の指導を受けた天才的な文学者だった。

英独留学で抱月が見た舞台184本!

島村抱月が編集責任者だった第2次「早稲田文学」(大正3〈1914〉年1月号通巻50号)の表紙と目次。この号には抱月訳によるイプセン作「人形の家」の脚本全文が掲載されている

 自由民権運動の嵐がおさまり、大日本帝国憲法発布(1889)、帝国議会開設(1890)が実現した時代、舞台は帝都東京である。

 日清戦争開戦の1894年に文学科を卒業すると抱月は、逍遥が創刊した「早稲田文学」(第1次、98年まで)の編集者となり、翌年、島村文耕の姪と結婚する。98年に文学科講師に就任、修辞学や西洋美学史を講じた。同時に「読売新聞」でも文芸担当の編集者として紙面を任されている。

 1902(明治35)年3月に東京専門学校(この年に早稲田大学と改称)から海外留学生としてイギリスとドイツへ3年間派遣される。日英同盟締結の年である。

 5月にロンドンへ渡り、牧師の家に寄宿、10月の冬学期から04年夏学期までオックスフォード大学、04年冬学期(05年5月まで)をベルリン大学に滞在した。

 05年9月に帰国すると10月には早稲田大学文学科講師(のち教授)に復帰し、翌年すぐに「早稲田文学」(第2次、06-27年)を復刊する。同時に逍遥とともに文芸協会を立ち上げることになった(以上、『新潮日本文学辞典』増補改訂、新潮社、1988などによる)。文芸協会以降は連載第34回に書いた。

 オックスフォード大学では英文学、美学、美術史などを受講し、ベルリン大学でも美学や芸術史を学んだ、と辞典類にはあるが、当時の文系の留学は単位を取得するものではなく、大学に滞在して自由に講義へ参加する聴講生である。これは経済学者の留学も同様だった。見聞を広げることが目的だったのである。

 抱月の留学で特筆すべきはすさまじい量の劇場通いであろう。岩佐壮四郎『抱月のベル・エポック』(大修館書店、1998)は抱月の留学中の見聞を詳細に追った労作で、巻末に「抱月観劇リスト」が掲載されている。この資料によると、3年間の独英滞在で184本の演劇、オペラ、ミュージカル、演奏会を見ている。

 ベルリンでは毎週水曜のベルリン・フィルハーモニー管弦楽団のリハーサルまで見学していたというからすごい。当時の芸術監督・常任指揮者はヴィルヘルム・フルトヴェングラー(1886-1954)の前任、アルトゥール・ニキシュ(1855-1922)だった。

 演劇は当然だが、オペラはイタリア・オペラからワーグナー、リヒャルト・シュトラウス(1864-1949)の自作自演まで、さらにキャバレーや大衆演芸(ティンゲルタンゲル)も観劇し、パリで誕生したミュージカル=オペレッタまで見ている。

 ドイツからの帰国途上に欧州各地を旅行しているが、ウィーン宮廷歌劇場では1905年6月13日にオッフェンバックの「ホフマン物語」をグスタフ・マーラー(1860-1911)の指揮で見た。

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坪井賢一 [ダイヤモンド社論説委員]

1954年生まれ。78年早稲田大学政治経済学部卒業後、ダイヤモンド社入社。「週刊ダイヤモンド」編集長などを経て現職。著書に『複雑系の選択』『めちゃくちゃわかるよ!経済学』(ダイヤモンド社)『浦安図書館を支える人びと』(日本図書館協会)など。


かの残響、清冽なり――本田美奈子.と日本のポピュラー音楽史

日本のポピュラー音楽の誕生をレコード産業の創始と同時だと考えると、1910年代にさかのぼる。この連載では、日本の音楽史100年を、たった20年の間に多様なポピュラー音楽の稜線を駆け抜けた本田美奈子さんの音楽家人生を軸にしてたどっていく。

「かの残響、清冽なり――本田美奈子.と日本のポピュラー音楽史」

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