ジェローム・ケルビエル。何はともあれ、この名前は覚えておく価値がありそうだ。一人のトレーダーが会社にもたらした損失の世界記録を更新した人物の名前だ。

 これまで、大損トレーダーの代名詞は、ベアリングス銀行を一発で吹き飛ばす大損(1千数百億円規模だったが)を出したニック・リーソンだったが、ジェローム・ケルビエルはこれに代わる固有名詞になるかも知れない。尚、日本では、銅の不正取引で巨額損害を出した住友商事の浜中泰男氏、大和銀行ニューヨーク支店の井口俊英氏などが有名だが、彼の損失額は、合計してもケルビエル氏の損に遙かに及ばない。

大損失の反対側には
大儲けしたプレイヤーがいる

 報道によると、フランスの銀行大手ソシエテ・ジェネラルが、1人のトレーダーの不正取引によって、49億ユーロ(7620億円)の損失を出した。ディーラー、トレーダーという職業の人間が例外なくもっとも好む話題は、同業の他人が大損した(しつつある)という話だが、それにしても、これだけの規模になると、にわかには現実感が伴わない。

 フランスの銀行は、大数学者パスカルやポアンカレを生んだ国だけあって、伝統的にデリバティブには積極的で、大きな資本をデリバティブ取引に投入する傾向がある。とくにソシエテは市場部門で稼いでいたといわれる銀行(兼証券会社)だ。同行は、サブプライム関連の損失でもワースト10には入っていたが、今回それを上回る規模の別の大損害が加わって、大変な事態を招いた。資本注入の報道の後も、他行による救済の吸収合併、分割吸収などの噂が出ている。

 まだ、事件の全容はわかっていないが、ウォールストリート・ジャーナルによると、ケルビエル氏のトレードは去年まではうまく行っていたが、年始にフランスの株価指数が急落し、ポジションでロスを抱えたという。そのロスをカバーするために大きなポジションを張って、傷を広げたらしい。彼はバックオフィスの経験があるので、システムをうまくごまかし、大きなポジションを張り続けることができた、と報じられている。

 彼にバックオフィスの経験があったのは本当の事らしいが、ソシエテ・ジェネラルは、まだこの件に関する取引の詳細を明らかにしていないで、実際にどんな経緯だったのかは、よく分からない。現在に至ってもまだ解消されていないポジションがあるのではないかという噂もあるし、そもそも、彼が単独でこれだけのロスを出したのか、なぜそんなことが可能だったのか、という事情がまだ判然としない。