先週十月三十日、ボストンレッドソックスがワールドシリーズを制し、上原浩治投手が日本人初の“胴上げ投手”となった。胴上げ投手というのは、最終回を抑え、優勝を決めたピッチャーのことを言う。これは日本の風習だが、優勝したら監督を胴上げするから胴上げ投手だ。

 MVPこそオルティスに譲ったが、シーズン中の、打者三七人連続アウト、無失点記録三〇イニング1/3は偉業と言うより他はなく、私の心の中では上原こそがMVPだぜ、と思っている。ポストシーズン七セーブはメジャータイ記録だし(優勝を決めた試合では五点差がついていたためにセーブポイントはつかなかったが、三点差だったらメジャー新記録を打ち立てていた。惜しいッ)。

「いまも夢の中にいるみたいです」

 優勝を決めた後のインタビューで、上原はこう応えた。

「夢という言葉はあまり好きじゃない。だから、常に目標としていろんなものを置いているけど、ワールドシリーズでの優勝はその目標としてすら置いていなかったことなので、本当に自分の中では信じられないことだった」

 後日のインタビューで、上原はこうも言っている。ワールドシリーズでの優勝は、それほどのものだったのだろう。

 上原浩治と言えば、“松坂世代”と呼ばれた一九九九年入団組だ。ドラフトでは、巨人が上原と二岡智宏を指名し、中日は福留孝介と岩瀬仁紀、阪神は藤川球児と福原忍、ロッテは小林雅英と里崎智也、広島は東出輝裕と新井貴浩、そして西武が松坂大輔といった、球界を代表する選手らが指名された年だった。

 オリックスの指名を蹴って進学した新垣渚(ソフトバンク)や杉内俊哉(現巨人)、木佐貫洋(現日本ハム)らは社会人野球を経てプロ入りを果たしたが、彼らも松坂と同い年。とにかくすごいやつらが揃っていた。

 当時は大学生の“逆指名”という制度があって、上原の巨人入りは早くにわかっていたが、高校時代の上原は無名もいいところで、無名どころか建山義紀(現ヤンキース)の控え投手だった。大学受験に失敗し、一浪して大阪体育大学に進む。体育の教師になろうと思っていたらしい。