日展が、やらかした。何をやらかしたかというと、ズルである。

 では、どんなズルをやらかしたかというと、身内の利益を優先し、芸術をないがしろにするようなズルである。

 日展(日本美術展覧会)とは、日本画、洋画、彫刻、工芸美術そして書の五科で構成された、日本では“最大規模”の美術公募展を言う。あなたでも私でも、出品料の一万円を払いさえすれば、誰でも自由に応募ができるのだ。

 その中から入選作が選ばれるのだが、書の審査でいんちきがあった。

 書の部門は、漢字、かな、漢字とかなが混ざった調和体、石や木に文字を彫る篆刻(てんこく)の四分野がある。問題が発覚したのは篆刻の分野で、二〇〇九年のことだ。

 篆刻部門の審査が終了し、入選候補作が決まったとき、審査員のもとに審査主任なる人物がやってきた。すでに故人とのことだが、当時は日展の“常任理事”を務めていた。お偉いさんなのである。

 常任理事は、入選候補が決まった頃にやってきて、審査員に一枚の用紙を渡した。

 そこには、すでに決まっていたかのように、入選作の“配分”が一覧表になって記されていた。日展の有力八会派に所属する会員の入選者数である。

 四五回目を数えた今年の日展では、書の分野だけで応募総数の七割を超える計一万二二九点の応募があり、入選は九七四点。うち一五六点が初入選だった。厳正な審査があったはずなのである。

 ところが、二〇〇九年の審査では、お偉いさんがこんな指示を出した。

「これは、私からではなく、顧問からの指示です。今年の審査ですが、安倍センセイのお弟子さんから××人の入選を出しなさい。麻生センセイのお弟子さんは××人ですね。菅センセイのところは××人。石破センセイのところは××人でいいかな。徳田センセイは……、先ごろ会派を抜けたから、今年は入賞を出さなくてよろしい。小泉センセイの塾から入選など以ての外。無視しなさい。何を言っても耳を貸さないように。それで調整しといてね、よろぴく」

 よろぴくと言ったかどうかは定かではないが、あくまで譬えです。