世田谷区内には数多くの高級住宅街がある。等々力はそうした住宅街の1つだが、他の街では決して見られないものがある。それが等々力渓谷。都内に残る貴重な自然渓谷であり、東京23区内では唯一の渓谷公園が置かれているのである。

 等々力の地名を冠したこの渓谷は、その街の名ほどには知られていない。閑静なお屋敷街としての評判はあっても、この渓谷までが人の噂にのぼることは少ないのである。まるで秘密の入り口のようなところから階段を降りていくと、小さな渓谷に出会う。地元の人以外はほとんど訪れることのない、自然の聖域である。

 東急大井町線等々力駅から南に歩くこと約2分。住宅街を右に折れ、小さな橋のわきの階段がその入り口にあたる。付近の街並との高低差は10メートル以上。このため、底を流れる谷沢川の流れは隠され、単なる雑木林のようにすら見える。この流れを下流に進んでいくと、自動車がひっきりなしに行き交う環状8号線の下をくぐるのだが、それに気付くドライバーは少ないはずだ。

貴重な自然が残る
等々力渓谷

等々力渓谷
[等々力渓谷]
散策してみるとここが東京23区内であることを忘れてしまう。貴重な自然が珍しく残された場所。

 自然をそのまま切り取ったような散歩道は、住宅街の中というイメージをはるかに超えている。

 樹木ではヤマザクラ、カエデ、ムク、エノキ、ケヤキなど。朝に夕に鳥たちがさえずるのを聞くことができる。水辺を好むセキレイ、林に住むコゲラ、ヒヨドリ、シジュウカラ、モズまで姿を見せる。ひんやりとした空気を吸いながらのそぞろ歩きは、気持ちのいい、大げさに言えば命の洗濯とすら表現してもいい。

 実は、ここは武蔵野の自然が珍しくも残された場所なのである。自然の地形から等々力を説明すれば「国分寺崖線」の東南端にあたる。かつて、多摩川がその流れで台地を削りとったこの崖地は、都下の立川、国分寺から都区部にまで連なり、その地形ゆえに昔の面影を残している。そして、最も都市化が進んだ場所にも、希有な渓谷を手つかずに保ったのである。等々力には、世田谷の地にあってもなお、武蔵野を名乗る資格があるのだ。