経営×ソーシャル
ソーシャルメディア進化論2016
【第45回】 2013年12月10日
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武田 隆 [クオン株式会社 代表取締役]

【伊藤博之氏×武田隆氏対談】(前編)
初音ミクの父、藍綬褒章受章! 彼女のルーツは札幌の六畳半!?

インターネットが存在しなかった時代を、あなたは思い出せる(あるいは想像できる)だろうか? ネットがないからデータの受け渡しは「フロッピーディスク」だった。Eメールもないから海外とのやりとりは「エアメール」だった。おまけにPCの価格はめちゃくちゃ高く、メモリも8MBそこそこ。iCloudでデータ同期だの、LINEでグループチャットだのと言っている現在からすれば、当時のテクノロジーは涙が出るくらい初歩的なものだった。
今回ゲストにお迎えするクリプトン・フューチャー・メディアの伊藤博之社長は、そんな時代からコンピュータ音楽にのめり込んだお一人。伊藤社長といえばボーカロイド「初音ミク」の生みの親としてあまりに有名だが、その話題に入る前に、まずはこれをお訊きしたい――コンピュータやインターネットで、私たちは「何が」変わったのだろう。

84回払いのローンで、マッキントッシュを買った時代

武田 今回はボーカロイド「初音ミク」の生みの親、クリプトン・フューチャー・メディアの伊藤博之社長にお越しいただきました。

 まずはお祝いからになりますね。このたびは、藍綬褒章ご受章、おめでとうございます。

伊藤博之(いとう・ひろゆき)
1965年、北海道生まれ。北海学園大学経済学部卒業。北海道大学に職員として在籍後、1995年、クリプトン・フューチャー・メディア株式会社を札幌市に設立。効果音やBGM、携帯電話の着信メロディなど、音に特化した事業を展開。2007年音声合成ソフト『初音ミク』を発売、大ヒット商品となる。北海道情報大学客員教授。

伊藤 ありがとうございます。

武田 伊藤さんの経営されている会社はどういった会社なのでしょうか?

伊藤 最近は「初音ミク」関連で取り上げていただくことが多いですが、うちの会社は札幌に設立して18年、ずっとサンプラー(※楽器音や自然界の音を抽出し、標本化された音を任意に再生出力できる装置)向けの音源の提供・配信をやってきたんです。昔から知っていただいている方には、クリプトンといえば音源のサンプリングCDというイメージが強いと思います。

武田 MIDI(※電子楽器の演奏データを機器間でデジタル転送するための世界共通規格)ですか?

伊藤 MIDIもそうですね。あとはwavファイルとか……。

武田 硬派ですねー。DTM(※デスクトップミュージック。コンピュータを使った音楽制作)向けの商品を提供している会社だったんですね。

伊藤 はい。なので初音ミクが出たとき、昔からのお客様は「クリプトン、どうした?」と思われたかもしれません(笑)。

武田 僕も大学生のときにDTMにハマりました(笑)。もしかしたら、クリプトン社のサンプリングCDを買ったことがあるかもしれません。

伊藤 そうなんですか! では、うちのお客様ですね(笑)。サンプラーは何を使っていたんですか?

武田 AKAIのS3000(※赤井電機株式会社(当時)が発売していたサンプラー)です。

伊藤 おぉ、それは渋いですね。

武田 もっとカッコいい曲をつくりたいと思うと、もっといいコンピュータが欲しくなって……大学生の身でMacintoshの「Quadra840AV」を買いました。それが僕の初めての「Welcome to Macintosh」です。

伊藤 840AVはすごく高かったでしょう。僕の初めてのMacは「SE/30」。

武田 うわー(笑)。

伊藤 画面が白黒のドット表示でした。懐かしいなあ。90年代前半にコンピュータ音楽をやろうとした人は、必ずMacを買ったものです。シーケンサー(※演奏データを再生することで自動演奏を行うことを目的とした装置、およびソフトウェア)のソフトは何を使っていました?

武田 EZVisionですね。

伊藤 ああ、「Vision」は良いソフトでしたよね。1998年に生産元のOpcode社がギブソン社に買収されて、開発が停止してしまったのが残念でした。あと代表的なのはMark of the Unicorn社の「Performer」、スタインバーグの「Cubase」あたりでしょうか。

武田 そうでしたね。あ、あと「Logic」も。

伊藤 そうそう。当時はMac本体も高いし、音楽ソフトも1本20万円くらいしましたよね。コンピュータで音楽やるといったら、もう人生すべてをかけるような感じでした(笑)。僕も84回払いでローン組んじゃったし、もうあとには引けなかった。

武田 わかります(笑)。Macやサンプラーなどを一式揃えて100万円くらいしました。それでも当時はMacのメモリが8メガしかなくて、拡張して16メガにするのに、1ヵ月くらい深夜のカラオケ店で働いて……。

伊藤 そういう時代ですよね。当時は、6畳半一間の部屋に住んでたんですけど、コンピュータと、シンセサイザーが10台くらいありました。「Memory Moog」っていう巨大なシンセがあるんですけど、それの上に板を置いてご飯を食べて、食べ終わったらその板をどけて……という生活をしていましたね(笑)。

武田 もう、人じゃなくてシンセサイザーのための部屋ですね(笑)。

伊藤 北海道は冬、寒いじゃないですか。でもそれだけ機材があると、暖房をつけなくても、機材の電源をつけるだけで部屋があたたかくなるんですよ。Memory Moogはやたら電気を食うんですが、あたたまらないと音が安定しないから、まず仕事から戻ってくるとMoogのスイッチを入れる。そうしながら、部屋もあたためるという感じでした。

武田 生活の中心が完全に音楽制作になっていたんですね。

伊藤 でも、Macは音楽をやるために買ったはずだったのですが、コンピュータ音楽をやり込む前に、他にやりたいことができちゃったんです。

武田 隆(たけだ・たかし) [クオン株式会社 代表取締役]

日本大学芸術学部にてメディア美学者武邑光裕氏に師事。1996年、学生ベンチャーとして起業。クライアント企業各社との数年に及ぶ共同実験を経て、ソーシャルメディアをマーケティングに活用する「消費者コミュニティ」の理論と手法を開発。その理論の中核には「心あたたまる関係と経済効果の融合」がある。システムの完成に合わせ、2000年同研究所を株式会社化。その後、自らの足で2000社の企業を回る。花王、カゴメ、ベネッセなど業界トップの会社から評価を得て、累計300社のマーケティングを支援。ソーシャルメディア構築市場トップシェア (矢野経済研究所調べ)。2015年、ベルリン支局、大阪支局開設。著書『ソーシャルメディア進化論』は松岡正剛の日本最大級の書評サイト「千夜千冊」にも取り上げられ、第6刷のロングセラーに。JFN(FM)系列ラジオ番組「企業の遺伝子」の司会進行役を務める。1974年生まれ。海浜幕張出身。


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