日本企業による海外企業の買収が増加している。大型案件も相次ぎ、過去最多レベルを維持している。一方で、成功例はまだ多いとは言い難い。クロスボーダーM&Aにおける経営層の心構えはどのようなものであるべきか。また、アドバイザーの選定ポイントは何かを、一橋大学大学院の伊藤友則教授に聞いた。

伊藤友則
一橋大学大学院
国際企業戦略研究科教授

1957年生まれ。79年東京大学経済学部卒業後、東京銀行(現・三菱東京UFJ銀行)入行。84年米ハーバード大学経営大学院でMBA(経営学修士)取得。スイス・ユニオン銀行(現・UBS)東京支店長兼投資銀行本部長、UBS証券会社投資銀行本部長などを経て、2011年4月に一橋大学大学院国際企業戦略研究科特任教授。12年から現職。

 日本企業による海外企業の買収は、過去にも何度か活況を呈した時期がある。1980年代後半の円高を背景にしたバブル期、2000年前後のITバブル期などだ。

 しかし、成功例として記録された案件は多くない。例えばバブル期には、ソニーによる米コロンビア・ピクチャーズ買収のような大型案件が話題になったが、既存事業との相乗効果をなかなか生み出せないだけでなく、買収先企業の経営悪化の後始末に追われるケースもあった。

 UBSなどで16年間にわたり投資銀行業務に従事した経験を持つ伊藤友則教授は、「過去2回のM&Aブームは流行のようなもので、日本企業に明確な経営戦略は見て取れない。“横並び”で行って失敗した典型的なケース」と解説する。

 ただ、ここ数年のクロスボーダーM&Aの増加については、「流行の側面もあるが、過去の失敗に学び、緻密な経営戦略に基づく案件が見られるようになった」という。

過去の失敗に学び
徹底的に検証する

 例えば、10年に国内大手通信事業者が南アフリカのITサービス企業を買収したケース。実は同社グループは、ITバブル期に巨額の資金を投じて海外企業買収に挑んだが、その多くが失敗し、膨大な損失を計上した。

 10年の買収で陣頭指揮を執った経営トップは、過去の失敗を徹底的に検証して自ら交渉の席に着いた。過去の同社グループ企業の買収案件で、買収後に経営陣の流出が続いて経営が頓挫した例もあり、今回の買収では、信頼できる経営陣の確保こそがM&Aの要諦であると考えた。買収先企業のキーパーソンと判断したのが、長年その会社を率いてきた会長だった。

 その会長は、買収後に引退する心づもりだったが、トップ同士の対話で、買収撤回の可能性まで言及して慰留に成功。買収から3年を経た今、その企業は会長の下に主要幹部が残り、自社の経営だけでなく、親会社グループの海外事業展開に積極的に関わり、事業シナジーを生み出すことに貢献している。

「たとえ買収に成功しても、自分たちには経営はできない。任せられる人がいなければM&Aを諦めてもよい、という慎重で大胆な戦略こそが福音をもたらした」と伊藤教授は分析する。