流行にあおられた
M&Aは成功しない

 日本企業のクロスボーダーM&Aに成功例が少ない原因としては、文化の違いに対する理解の未熟さ、人材確保の戦略の欠如などが挙げられるが、伊藤教授は、「根本的な原因の一つとして、M&Aは投資である、という認識が経営者に乏しい」と指摘する。

 ウォーレン・バフェットが、株式などへの投資原則として掲げる“Be fearful when others are greedy, and be greedy when others are fearful.(人が貪欲なときは慎重に、人が慎重なときは貪欲に)”は、M&Aにも通じる。

 ライバル企業が動けば投資家は、「御社の対応は」と経営者に詰め寄る。それは当然のことだが、同時に、みんなが動けば候補企業の買収価格も高騰する。その結果、株価に上乗せする「コントロールプレミアム」が通常の30~50%程度では済まなくなる。

 実際、欧米のM&Aでも、半分近くは失敗に終わっているという研究結果もある。その主要な原因の一つが、プレミアムが高過ぎて、買収によるシナジー効果が出たとしても、十分に投資が回収できないということだ。

「バフェットの言うように、経営者が冷静さを維持できるかが大事。買収でグループの売上高が増えるのがシナジーではない。買収額との対比で十分な利益増が実現できなければシナジーが創造されたとは言い難い。こうした点への理解や調査が乏しく、結局、はやりにあおられて買収ありきになってしまう」

アドバイザーとの
信頼関係の構築を

 伊藤教授は、投資銀行での自らの経験も踏まえ、クロスボーダーM&Aでは、アドバイザーとのパートナーシップが重要だという。

 その上で、「アドバイザーの選定に当たっては、M&Aプロセスにおいて、どの分野に強いのかをしっかり理解しなければならない」と助言する。

 例えば投資銀行は、買収先企業の動向や買収の競合情報などに詳しく、さらに「買収が“株式ストーリー”にどのようにインパクトを与えるか、すなわち市場に買収を受け入れてもらえるのかの分析や、受け入れてもらうための情報発信のメッセージ作りが得意」(伊藤教授)。会計系のアドバイザーならばデューデリジェンスに力を発揮するし、コンサルタント系ならば経営統合後の課題解決を得意とするところが多い。

 だからといって、交渉や買収金額の値決めを投資銀行任せにするのは間違いだ。企業の評価は、ピンポイントの数字で出てくるものではなく、ある程度の幅で捉える必要がある。またトップの人柄や人材、企業風土など買収を成功させる上で重要な要素は他にもある。

「買収企業のトップ自らがそれらを検証し判断する一方で、『この買収はやめたほうがいい』と直言してくれるインベストバンカーこそ一流だという認識も持つべき」(伊藤教授)

 アドバイザーの使い方をよく理解し、普段からお互いの信頼関係をしっかり構築しておくことが、いざというときに大いに役に立つことになる。クロスボーダーM&Aを真に事業価値の相乗的な創造に結び付けるためには、冷静で多様な視点が不可欠なのである。