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田中将大投手メジャー挑戦への道を開いた
新ポスティング制度、成立の経緯と未だ残る課題

横尾弘一 [ベースボール・ジャーナリスト]
2013年12月18日
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プロ野球球団と選手の
「契約」はどう変わってきたか

 2013年のプロ野球界を席巻した田中将大投手(東北楽天)は、来シーズン日米どちらのマウンドに立つのか。その去就のカギとなっているのはポスティング制度だが、この制度について考察するには、プロ野球における選手契約の変遷をおさらいしておかなければならない。

 かつて、プロ野球球団は自由競争の下で選手を獲得していた。つまり、選手は勧誘してきた中から好きな球団と契約することができた。しかし、入団契約後の保有権は球団にあり、10年にわたって同一球団でプレーした選手にのみ、移籍の自由やボーナス受給の資格が与えられた。これを10年選手制度といい、1964年に金田正一が国鉄(現・東京ヤクルト)から巨人に移籍したケースがある。その後、65年には戦力の均衡化を目的としたドラフト制度が導入され、入団時にも選手側は球団を選べなくなる。さらに、75年限りで10年選手制度も全廃されると、選手にはプレーする球団を選ぶ権利がなくなった。

 また、選手が球団を移籍できるのはトレードになるか、所属球団を自由契約(解雇)となった場合であり、自らの希望による退団は任意引退とされた。任意引退した選手がプロ野球界への復帰を希望する場合は、最終所属球団に復帰するか、最終所属球団の許可を得なければ他球団とは契約できなかった。このように、プロ野球選手の身分は長い間、球団の意のままであったと言っていい。

フリーエージェント(FA)制度と
ドラフトにおける逆指名

 だが、アマチュアの逸材が希望外の球団からドラフト指名されて入団を拒否したり、人気選手がトレードを拒否して引退するといったケースが重なり、プロサッカーJリーグの発足も手伝ってプロ野球人気の危機が叫ばれると、93年にはフリーエージェント(FA)制度とドラフトにおける逆指名が導入された。

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横尾弘一 [ベースボール・ジャーナリスト]

1965年、東京生まれ。立教高校時代は、硬式野球部に所属。 立教大学卒業後、出版社を経て、99年よりフルタイムのフリーランスライターに。 日本のアマチュア&プロ野球から、メジャーリーグまで、年間250試合以上の試合を取材。 社会人野球情報誌『グランドスラム』の編集や『プロ野球全選手写真名鑑』の執筆など、 数多の野球関連発行物の編集・執筆活動に従事。 著者に、『落合戦記』『四番、ピッチャー、背番号1 甲子園9ストーリーズ』『オリンピック野球日本代表物語』『都市対抗野球に明日はあるか』『第一回選択希望選手 ~選ばれし男たちの軌跡~』(いずれもダイヤモンド社刊)がある。


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