今回は、都内にある社員数10人以下の零細広告プロダクションに勤務していた、31歳の男性を紹介しよう。この男性を仮にA氏とする。A氏は1年ほど前にこの会社を辞め、現在は社員数が100人近い中堅広告代理店で働いている。

 零細広告プロダクションにいるとき、60代前半の社長でもある上司が、自ら「在日」を名乗る男性だったという。31歳のA氏は、その在日外国人の経営者を当時も今も、よくは思っていない。仕事の進め方などをめぐり、意見を潰されたり、時にはいじめを受けたりしたからだと漏らす。それがどこまで事実かはわからないが、A氏の不満が強いことは間違いがない。

 その「悶える気持ち」の真相を聞くと、現在、一部の日本企業に見られる「多様性を認めようと言いながら、実は認めていない」という現状に相通じる課題が見えてくる気がする。A氏とのやりとりは、取材というよりもむしろ議論に近いものになってしまったが、これは筆者にとって、読者諸氏に問いかけたいテーマの1つであったため、あえてやりとりの全文を記事化した。筆者なりの視点で、世間に根づく建前論のタブーにあえて切り込んでみたい。

 なお、登場人物のプライバシー保護の目的から、A氏の話に出て来る社長が“自称”する出身国について、本稿では明かさないことをお断りしておく。


日本国籍でない人が残り
日本人が辞めていく会社の憂鬱

A氏 日本国籍ではないあの社長と話をするだけで、憂鬱になる。暗い気分になる。小さい頃から随分と苦労をされたみたい。「生い立ちが不幸だった」と、本人が皆の前で口にしていたから。

 あの人は、あらゆることを否定する。部下たちの仕事、日本の教育、社会や政治、はるか前の戦争のことまで……。勤務時間中にそんなことを延々と話す。社員は多いときで8人くらいいたけど、そのうち日本国籍でない人が残り、日本国籍の人が次々と辞めていった。私も日本国籍であったためか、社長からいじめ抜かれた。

筆者 日本国籍ではない?

A氏 あの社長が、自らをそのように言っている。白人でもないし、黒人でもない。わかるでしょう?