出店・退店の具体的な基準

保田 話題を変えて、投資戦略についてお聞きします。新規の出店戦略に関して、米国ビジネススクールのテキストなどを見ていますと、IRRやNPVで意思決定すべき、っていうことが書かれています。ところが、日本の経営者に対してアンケートを取りますと、回収期間で判断しています、といった回答が返ってきます。岩田さんは、新規出店の意思決定をどういう形でされていたんでしょうか?

岩田 社内の店舗開発会議の場で担当者が資料を用意してくれますね。回収期間もあれば、IRRが何%以上といった社内基準があって、これを満たさなければ新規出店はダメっていう基準があるわけですね。

保田 それはザ・ボディショップにしてもスターバックスにしても、岩田さんがCEOになられる前からもともとあったんでしょうか?

岩田 スターバックスはありましたけど、ザ・ボディショップはそこまで細かい基準はなかったですね。回収期間くらいでしたね。IRRまでは計算していなかったですね。ただ、そうしたものはあくまでも前提条件で変わる数字だけの判断ですよね。僕は、そういった財務モデルによる数値評価だけでなくて、地域への貢献や社会的意義があって、地方のお客さんが待ってくれているんだったら行こうぜ、というやり方もありだと思うんですね。場合によっても、鉛筆舐めろと言いました。

田中 我々の本でも触れましたが、投資の意思決定は、財務モデルによる定量評価だけでなく、経営理念などの価値観も考慮に入れるのが本来の姿だと思います。それは、「なあなあ」「何となく」といった私情やアバウトなものとは似て非なるものですね。

保田 では、店舗の閉鎖・撤退などの判断もされたと思うのですが。そのときの判断指標は、どんなものでしょうか?

岩田 キャッシュフローベースで3期連続の赤字になったら即退店ですね。あとは重点管理です。100店舗とか800店舗なんて全部は見きれないから、やっぱり上位何%、下位何%といった具合にフォーカスしてチェックします。キャッシュフローの多寡によってフラグを立てるんですよね。1期だけキャッシュフローがマイナスになっています、2期連続赤字になったら黄色から赤に近いとか、3期連続は撤退するといった感じです。
 とはいえ、いろんな経営判断があるわけですよ。ウチが退店したらライバルが入って来るかもしれないとか、実現可能な赤字解消策があるとか、ですね。そこから先は経営判断ですね。実際退店するかどうかを決める際、近くに出店している競合店もウチもお互い苦しいときは先に逃げたほうが負けで、残ったほうに残存者利得が生じたりします。その経営判断を行うためにデータをまとめるのが経理や財務の仕事ですね。

社長はどのように現場に意見を言うべきか?

保田 若干細かい論点になりますが、たとえば、スターバックスやザ・ボディショップで、商品の単価、価格にまで「こうなんじゃないか」といった意見をされることはあったのでしょうか?

岩田 気をつけないといけないのは、社長という権限はとても強いので、現場にあまり口を挟みすぎないようにすることです。たとえば、ザ・ボディショップで扱っている化粧品は、自分は使ったことがないですから、商品の知識について、私は普通のおじさんです。40代、50代のおじさんが一般的な常識しか持っていないわけです。だけど、その常識を社長という立場で言うと、みんな聞いてしまうわけです。そこは気をつけないといけません。

保田 怖いですよね。

岩田 だけど、社長はそれを勘違いします。社長がスーパーマンだったらいいけど、そんなスーパーマンはいません。私が新卒入社の現場からの叩き上げで、商品のこともわかって社長になっているのであれば、いろんなことに対して口出しするかもしれません。私が意見するときによく前置きしたのは、これは社長の意見ではなくて、ひとりのおじさんの意見だよ、ということ。もちろん、自分が現場を見て確信の持てることだったら強く言うわけです。そこを分けて言わないと、やはり社長の言うことは、そこに権威がついてしまいます。なんとなく素人考えでコメントしたことが「社長が言ったから」と社内で通ってしまうのです。
 だから、カリスマ経営者に関するリスクはそこですよね。カリスマ経営者は、すべてのことについて詳しいわけではありません。叩き上げ社長はお店のことや商品のことはわかる。でも、ファイナンスのことは苦手だったりします。

保田 でも、経営者だったら、ついつい口を出してしまいますよね。

岩田 自分を知ることが大事ですね。自分が得意なことは口出ししたらいいけど、知らないことでも口を出すと、それは時として間違ったサインを送ってしまいます。一方で、自分が得意でないことに対しても素朴な疑問を持つことは大切です。たとえば、ザ・ボディショップで扱っているザ・ボディバターという商品は冬場商品です。肌の保湿剤です。でも、すごく売れているから「夏場も売ってみたら? 」と言ったのです。なぜなら、今はオフィスのクーラーが効いていて、夏でも乾燥しているからです。実際、それが成功してヒット商品に化けました。たしかに一般的な常識でいうと、保湿剤は冬場商品です。こういう発想は、素人だからできるアイデアだったりします。