乾 久美子
写真 加藤昌人

 絵画と工作好きの少女には、毎週密かな楽しみがあった。父が買ってくる「週刊新潮」の巻末の連載「マイプライバシー」を開くこと。個人邸の内観写真の横には設計図が付いている。机上のプランが具現化するプロセスを想像しながら、小さな胸は高鳴っていた。

 好奇心はむくむくとふくらんでいく。書店に駆け込んで専門書を買い込み、巻尺を持ち出して自宅の敷地を測り始め、両親に建て替えプランを提出した。新築してまもない家にはとうてい無理な話だったが、自分の部屋が欲しいという3人兄弟の末っ子の熱意に折れ、物置を融通する提案だけは、家主に受け入れられた。

 ディオール、ルイ・ヴィトンなどファッションブランドの旗艦店を数々手がけてきた。女性であることは生きるのか。「雨、風、揺れなどを凌ぐ必要のある建築物はどこかメカっぽくて線が太く、きちんとフェミニンを表現しようとすると男性が化粧をしたような印象になってしまう。どの部分がオカマではまずいのか、気づくのは女だからかな」。女性らしさの誇張とも無縁で、ディオールの外観はミルク色の宝石箱のようだが、マダムも集えばトラックも行き交う東京・銀座の晴海通りから決して浮くことのない、奥ゆかしさとスマートな情緒がある。

「たとえば服を選ぶように、音楽に惹かれるように、単純に感動できる建築物を造りたい」。少女の頃もこんなキラキラした目をしていたのだろう。

(『週刊ダイヤモンド』編集部 遠藤典子)


乾 久美子(Kumiko Inui)●建築家 1969年生まれ。92年東京藝術大学美術学部建築科卒業。96年米イェール大学大学院建築学部修了。96~2000年青木淳建築計画事務所勤務。2000年乾久美子建築設計事務所設立。ブランド旗艦店に加え、個人邸や集合住宅の作品を数多く発表している。