医療コストに敏感な米国民

 少し前に米国の高齢者夫婦と交わした会話が印象に残っている。80歳代後半のこの夫婦は、誰の助けも借りず自分たちで生活している。ごく中流の夫婦だが、現役時代に蓄えた老後資金と年金で、つつましやかに生活している。

 お二人から聞いたのは、薬代の話だ。高齢になると血圧や高脂血症の薬など、常用する薬がいくつか出てくるが、そのなかの1つがジェネリック薬(後発医薬品)になって安くなったという。

 薬は、新薬開発後10年はパテントで独占が保証される。製薬メーカーが巨額の資金を投じてでも新薬を開発する誘因を持つように、10年間は独占利益を保証しようというのだ。

 しかし、10年たてば、そのパテントが切れる。永遠に独占を保証していては、いつまでも薬が安くならない。そこで10年たったら、どの企業でもその薬を生産販売してよいことにしたのだ。パテントを申請する段階で、新薬の技術内容はすべて公開される。だから、他の企業がジェネリック薬と呼ばれる類似品を生産するのは簡単なことだ。当然、ジェネリック薬の価格は、元の新薬の価格よりは相当に安くなる。

 米国の高齢者の夫婦の話に戻ろう。そのときの会話によれば、ジェネリック薬が出る前は薬の値段は15ドル(約1500円)したそうだ。それがジェネリック薬になったら、5ドル(約500円)まで下がった。当然、すぐにジェネリック薬に切り替えることになる。

 米国では、薬代は個人の負担となることが多い。一般の国民は価格に敏感だ。同じ効能の薬で15ドルの新薬と5ドルのジェネリック薬のどちらを買うかと聞かれれば、ほとんどの人は5ドルのほうと答えるだろう。そうした選択が行われることで、社会全体としても医薬品のコストを下げることができる。市場メカニズムが当たり前に働く社会なのだ。

医療保険が引き起こす
「モラルハザード」

 では日本の状況はどうなっているだろうか。実は、驚くほどジェネリック薬の利用率が低いのだ。新薬のパテントが切れて低価格のジェネリック薬が利用可能であっても、多くの国民は新薬のほうを選ぶ。その理由は、コスト意識が働いていないからだと考えられる。

 現在、70歳以上の高齢者の医療費の個人負担は1割である。高齢者が実際に調剤薬局で支払う代金は、元の価格のごく一部にすぎない。これだと値段の高いパテント切れの新薬でも、値段の安いジェネリック薬でも、財布への負担はほとんど変わらない。そのため、ジェネリック薬にしたいという気持ちになる人が少ないのだ。