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1月24日 18時0分
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期待の膨張と収縮 - 広木隆「ストラテジーレポート」

6倍に膨らむ

昨秋すでにプレスリリース済みだが、マネックス証券は、青山学院大学のMBAコースで「金融市場概論」という寄付講座を開講する。この4月から僕も大学の教壇に立つことになる。ということで今日はちょっとアカデミックな話をしよう。いつもは下世話な話ばかりだが、今日のレポートではマジメな経済学の高尚な話題を書いてみたい。普段と勝手が違うので戸惑う向きもおられようが、どうぞ最後までお付き合いください。

信用乗数というものがある。信用乗数とは、マネタリーベース1単位に対し、何単位のマネーストックを作り出すことができるかを示すものである。マネタリーベースとは中央銀行が供給するおカネのこと。マネーストックは市中に出回っているおカネのことだ。昔はマネーサプライと呼ばれた。マネタリーベースはハイパワードマネーともいうから、これをHと表す。マネーストックをMとすると、

信用乗数mは M/H で表される。

昨年12月のマネタリーベースの平均残高は193兆円で、マネーストック(M3)の平残は1174兆円だったから

信用乗数m = M/H = 1174兆円/193兆円 = 6

と計算できる。

市中に出回るおカネ、マネーストックが伸びている。マネーストックの代表的な指標であるM3の2013年の平均残高は1155兆円だった。前年比で2.9%増え、伸び率は1999年の3.5%以来14年ぶりの高さになった。これを報じた日経新聞の記事を受けて、チーフ・エコノミストの村上尚己は、こう述べている。

<冒頭の記事では「日銀が大胆な金融緩和で 13 年に金融市場に前年比 48%増のペースで資金を供給したのに比べると、市中のマネーの量の伸びはまだ低い」と締めくくっている。ただ、ベースマネーとマネーストックの伸びを直接比較すること自体に、大きな意味があるとは言えない(マネーストックが 48%伸びたら大変なことである)>(2014年1月16日のエコノミックレポート「量的金融緩和の波及〜マネーは巡り、脱デフレを後押し〜」)

その通りである。マネーストックが 48%伸びたら大変なことだ。しかし、理屈のうえでは - あくまでも理屈のうえだが - マネタリーベースが1単位増えれば、現在の信用乗数ならばマネーストックはその6倍増加する。マネタリーベースが60兆円増えれば、マネーストックは360兆円増えてもおかしくはないのだ。

この議論のどこがおかしいかと言えば、マネーストックが360兆円すぐに増えないということではなく、マネタリーベースが1年で60兆円増えるというところである。信用創造のメカニズムは複雑な経路を辿るから、マネタリーベースが増えたからといって、それに応じてマネーストックがすぐに増えるというものではそもそもない。130兆円だったマネタリーベースを1年で60兆円増やすというのが、まさに「異次元」の措置なのだ。

信用乗数は、ざっくり言って10倍前後だった。それが、日銀が緩和姿勢を強めて以来、急速に低下して今や6倍にまで低下した。信用乗数の低下については、やや古い文献だが「デフレ期待・銀行機能問題と信用乗数の低下」(飯田泰之[2005])という優れた研究がある。

飯田氏は、信用乗数を非銀行部門の現金/預金比率、銀行部門の現金/預金比率、そして準備/預金比率の3つの要素に分解して分析を進めている。信用乗数の低下を語るには、本来はこのようなアプローチが適切と思われるが、残念ながら僕にはそのような能力もないので、もっとシンプルな結論を述べる。それは前述した通り、130兆円だったマネタリーベースを1年で60兆円増やすという「異次元緩和」の規模・スピードがあまりにすご過ぎて、マネーストックの伸びがついてくることができない。だから、結果的に信用乗数は低下するしかない、というものだ。

そもそも元の数字が5〜10倍も違いがあるマネタリーベースとマネーストックを、その前年比の伸び率で議論しても仕方ない。重要なことは、この一点に尽きると言っていい。それは、

「マネタリーベースが増えるとマネーストックは増える」

マネーストックはマネタリーベースの増加関数になっているということだ。
増加率や額は問題ではない。マネタリーベースが増えるとマネーストックは増える。マネタリーベースが減るとマネーストックは減る。有名な「岩田・翁論争」である。日銀の責任問題、すなわち日銀がマネーストックをコントロールできるか、という問題にすりかわってしまったので議論は錯綜したが、一番肝心なことから目を逸らすべきではない。マネタリーベースが増えるとマネーストックは増えるのである。これは厳然たる事実である。

 


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どんなことにも3つの側面がある

Everything has three sides. Yours, mine, and the fact.
(どんなことにも3つの側面がある。あなたの側。私の側。そして事実。)

「岩田・翁論争」はマネーストックの管理を巡り、1990年代前半に起きた、岩田規久男氏ら経済学者と翁邦雄ら日銀エコノミストとの間の大論争であった。マネタリーベースの操作性を否定しマネーストックはコントロールできないという日銀理論に対し、岩田氏はその操作が可能であることを主張し、日銀を批判した。僕の手元には1992年の日経新聞「経済教室」に寄稿した岩田論文の色褪せた切り抜きがいまでも残っている。(論争の主戦場は東洋経済誌上であったが)。マネーストックは管理可能という岩田氏と、操作できないという翁氏に対し、経済学者の植田和男氏が短期では難しいが、長期では可能という「裁定」を下し、この議論は一応の収束をみた。

前述のとおり、この論争は「日銀がマネーストックをコントロールできるか」という問題に重きが置かれたため、肝心なことがぼやけてしまった感があるが、岩田氏の主張の通り、マネタリーベースが縮小したためマネーストックが減少したという事実は動かしがたい。そして、その後もマネタリーベースとマネーストックとの伸び率に正の相関関係が観察されてきたことで、この議論はほぼ決着がついたと思われる。その岩田氏が日銀副総裁に就任、「岩田・翁論争」時の逆のことをまさにやろうとしている。そしてそれはすでに起こりつつあると言える。

だれでも自分の立場、主義主張に拘泥し、事実を直視しにくいということはある。日銀の追加緩和を巡る市場の見方などもまさにその典型例だ。

エコノミストや債券の市場関係者の多くは、長期間に及んだデフレのなかで、すっかりネガティブ思考が沁みついてしまったに違いない。市場関係者の多くは、2年で2%のインフレ・ターゲットは達成できないと思っている。しかし、消費者物価指数は上昇基調が鮮明になってきている。

日銀は22日に終了した金融政策決定会合で物価展望レポートの中間評価を行い、おおむね見通しに沿った動きであると自らのインフレ予想を堅持した。すなわち2014年の中間値としてコアCPIは1.3%、2015年には1.9%(消費増税の影響を除く)と着実に2%に近づく予想を維持した。

これに対して民間のエコノミストのあいだでは物価上昇はこの先、頭打ちになるとの予想が多い。足元の消費者物価の上昇はエネルギー価格の上昇に加えて、円安の影響が大きい。だから前年比で見た円安の影響度合がマイルドになる今後は、CPIの上昇も鈍る。インフレとは物価上昇の「率」を議論するものだから、絶対的な物価水準が変わらなければ「率」は低下してしまう。あくまでも継続的な物価上昇が続くかというのがポイントだ。

円安の影響が剥落するというのは日銀自身も認識しており、だからこそ先日の金融政策決定会合の公表文では「消費者物価の前年比は暫くの間、1%台前半で推移するとみられる」と述べている。つまり、頭打ちになると認めているわけだ。

問題は、民間エコノミストの予想通り再びCPIの伸びが低下するか、日銀の想定通り、頭打ちにはなっても、1%台前半で推移するかという点だろう。それによって日銀の追加緩和の有無、そして時期が決まると言ってもいい。これについて、僕自身の見解を述べるのはもう少し勉強の時間をいただきたい。少しだけ頭出しをしておくと、ポイントは円安以外の物価上昇要因があるかどうかということだが、その重要な要素のひとつがこのレポートで取り上げたマネーストックの動きであると考えている。僕の見解は置いておくとして、市場の見方はどうか。こちらも見方がばらついてきた。
期待の変化と失望リスク

ブルームバーグが実施している「日銀サーベイ」は、日銀の金融政策決定会合に合わせて35人程度のエコノミストら日銀ウォッチャーに対する聞き取り調査である。それによると4-6月に追加緩和を予想する向きが依然として多数派であるが、その比率は着実に低下してきている。昨年10月には過半を超える6割近くの日銀ウォッチャーが4-6月実施と見込んでいたのに対して直近の調査ではその比率は3分の1にまで低下している(グラフ6)。これは今年前半の追加緩和期待が後退しているということであるが、その背景として足元1%台前半に上昇したCPIとそれを受けた日銀の自己評価などが考慮されているのだろう。


日銀の追加緩和というのは今年のマーケットにおける最大のテーマのひとつである。その内容、規模、時期などを巡る市場の思惑が今後の相場で決定的に重要なファクターになる。日銀の取るアクションが重要なのはもちろんだが、それと市場の期待との組み合わせがもっと重要だ。織り込み済みか、失望か、あるいはポジティブ・サプライズ(予想外の驚き)かでマーケットのリアクションが大きく異なるからである。

その意味では、後退したとは言え、いまだに4-6月に追加緩和を見込む比率が最多というのはリスクである。このまま市場の期待が維持され、かつ日銀が追加緩和に動かない場合、失望売り、もしくは催促相場となるリスクがある。今後、市場の追加緩和観測がどのような方向に落ち着くのか要注目である。

話を冒頭の青山学院大学での寄付講座に戻そう。青山学院と言えば、場所柄おしゃれな学生が多い学校だ。クラスには女子学生もいるだろうから、可愛い娘をみつけて、こういう質問を当ててみようと思っている。

「男性の体の中で、興奮すると平常時の6倍にまで膨張する器官はどこだろうか?」
「先生、そんなこと、恥ずかしくて答えられません!」
「何を勘違いしているのかね?答えは『瞳孔』だよ。

君には注意したいことが3つある。
一つ。教室では勉強に集中したまえ。
二つ。淫らなことを考えてはいけない。
三つ。6倍に膨らむなんて期待していると、がっかりする」

実はこれ、かなり言い古されたジョークである。大学の教室でこんな話をしたら、今どきの学生に「そんなジョーク、知ってまーす」と嘲笑されるのがオチだろう。

だから、僕流のアレンジを考えた。A案とB案の2つある。

A案:「6倍に膨らむなんて期待していると、がっかりする - というのはあくまで一般論。僕のは別だ。実験してみるかい?」

B案:「6倍に膨らむなんて期待していると、がっかりする。マネーストックと同じだ」

B案の真偽は、今まさに日本経済がその身を挺して「実験」中である。その壮大な経済実験の帰結は果たしてどうなるか誰にもわからない。

かたや、A案については、もしも本当に「実験」しちゃったら、二度と大学の教壇に立てなくなるのは火を見るより明らかである。


(チーフ・ストラテジスト 広木 隆)

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