日本経団連のトップに、東レの会長が就任する。栃木県に下野して己の才覚一つで活動することを覚悟したときから、業界や企業などの組織人事にはまったく興味を失った筆者ではあるが、財界総理にまで上り詰めた企業は興味の対象になる。

 東レを扱うのは、第79回コラム以来だ。そのときは、NTT、JR東日本、パナソニック、キヤノンなどの決算データを利用して、「独占の系譜」というものを紹介した。今回は、東レのみを扱う。

 東レというと「炭素繊維、グローバル化、ユニクロとの共同開発」などに注目が集まる(日本経済新聞、2014年1月10日付)。気をつけたいのは、「言葉」だけで企業を評価する危うさだ。「炭素繊維が主力事業にまで成長した」「グローバル化を推し進めた」といった、言葉だけを連ねた非財務情報で企業を評価するのは、企業の実像を見誤ることになりかねない。

第121回コラム(東急・阪急阪神編)では、数値の裏付けのない「企業価値」を論ずる危うさを紹介した。当時の社長と部下との会話を「グローバル化」に転用すると、次のようになる。

社長「当期は、企業価値を倍増させた。来期は、グローバル化を推進せよ」
部下「わかりました。グローバル化を推進します!」
1年後──。
部下「社長、当社のグローバル化を推進することができました!」
社長「そうか、グローバル化を推進したか。よくやった」

 非財務情報だけでやり取りすると、命ずる側も、報告する側も、以上のような会話になる。これを「観念的な経営戦略論」という。

 重要なのは、連結財務諸表などの財務情報と、言葉だけの非財務情報との使い分けである。観念論に陥りがちな非財務情報を、財務情報で裏付けできるのか。また、財務情報の裏にある事情を、非財務情報でフォローできるのか。

 今回はそうした点を、東レのデータを利用して検証してみよう。