大手銀行、セブン‐イレブン、楽天で、人事部長や人事担当役員を経験した渡部昭彦氏に、人事部や人事制度の裏側を教えてもらう連載の第1回。前提の知識として、日本の企業における「社風」の重要性と、その結果、人事部がどのような役割を果たしているかを明かしてもらった。

イメージとは異なる人事部の役割

 最近、『日本の人事は社風で決まる』という本を書いた。そのポイントは、社風とは暗黙知的な企業の経験則・成功体験の集合であり、社員がDNAとなって社風を存続させていくということ。これが、銀行時代にさまざまな業界を見て、小売り、ネット企業で人事のマネジャーを経験した私の結論だ。

 社風がどのように決まるのか、どのような力を持つのか、といった詳細まではここに書けないが、結論として、社風は人材の採用から経営の意思決定にまで大きな影響力を持ち、あたかも「会社の支配者」のような役割を果たす。終身雇用など、「日本的雇用」の終わりも叫ばれるが、コアとなる人材が変わっていない以上、依然として社風は大きな力を持っている。

 その支配者である社風が、社内で最も力を発揮するのは人事分野である。
 組織体を維持することは、どの会社にとっても最も根源的な至上命題だ。そこで中心的な役割を果たすのが、やはり社風である。人事はそのDNAの運び屋である人材について、採用、異動、評価、昇給・昇格など諸施策の遂行を役割として担っているからだ。社風が人事部をして人事を差配し、至上命題である組織の「サステナビリティ(持続可能性)」を実現しているわけだ。人事権を持っているのは、じつは社長でも人事部でもなく、社風ともいえる。

 ところで人事で重要なのは、社員が「納得感」を持つことだ。
「何で自分ではなく、あいつが先に部長になるんだ」
「今期はこんなに頑張ったのに、ボーナスが減るなんて」
 サラリーマン稼業は納得のいかないことばかり。しかし、人事は社員間で「差をつける」ことが仕事なので、社員全員が満足することはそもそもあり得ない。だからこそ、でき得る限りの納得感を社員に持ってもらうことが重要なのだ。

 では、人事において社員からより多くの納得感を得るにはどうすればよいか。一番簡単な方法は、社員みんなの考え方や意思にもとづいて行動し、それを人事に反映させることだ。多数決とまでは言わないが、社員の最大多数が「こうだ!」と感じることを会社や人事部が実現しさえすれば、納得感も最大値となるに違いない。「馬なり」ならぬ「ヒトなり」ということである。

 そう考えると、人事部の本当の役割は、通常、われわれがイメージするものとはかなり異なるものとなる。確固たる信念や価値観をもって評価や異動で社員をバサバサとさばいていくのではなく、ひたすら世間(社内)の声に耳を傾けてそれを集約する……そのような機能を持つ。社員の無記名投票における選挙管理委員会ともいえるだろう。

 実際に私も金融機関の人事部に所属していた際には、昼に夜に社内の人間と会ってはいろいろな人物評を聞き集めていた。特に春先の昇進・昇格時期の直前には、選挙の世論調査ではないが、かなり詳細に情報収集に努めた。「今年は○○年の入社組が△△級に昇格ですが、□□君はまったく問題ないですよね」などだ。

 なぜかと言うと、人事部にとって一番避けるべき事態は「何であんな人間を昇格させたり、本来上がるべき人間を捨て置いたりするのか。人事や経営は何を見ているんだ」という意見や批判が社内に蔓延し、人事部の信頼性を貶めてしまうことだ。

 そもそも現場にいない人事部において、誰が優秀で誰がそうでないかなど、もともとわかるわけがない。そのため、「現場からバシッと言われてしまうと返す言葉もない。では、先んじて社内世論を集めて、それに任せておこう」となる。

 すると、人事部長に期待される役割は、目から鼻に抜けるような先進的な人事制度をつくることでも、また、高邁な人事理念を浸透させることでもない。まずは社内に吹く風、声なき社内世論を適切に読み取ることになる。

 職務に忠実であろうとすれば、時々刻々と変わる風の方向や強弱を皮膚感覚で感じ取ることが必要だ。空気が読めない人にとって、人事部長は最も不向きな仕事に違いない(そもそもそのような人は人事部に配属すらされないが)。

 こう考えると、人事部長は社風の代理人といえる。社風の委託を受けて人事権を行使しているのである。