コンピタンシー評価は結局「好き・嫌い」

 日本人の職人気質は工業製品の品質の高さに象徴されるが、日本企業の人事制度もそれに負けないこだわりの逸品である。「コンピタンシー」「役割期待」「目標管理」など外来の人事概念について、原義を愚直に守り精緻な人事制度をつくりあげているのは、米国ではなく、むしろ輸入者である日本企業だ。

 さらに、島国的な横並び意識のせいか、各社の人事制度は多少の表現の差こそあれ、どれもほとんど同じような内容である。それでいて、たとえばテレビや雑誌に出てくるトップの人たちを見ると、タイプは各社ごとにマチマチだ。精緻で似通った人事制度であるにもかかわらず、大きく異なる出世人材のキャラクター。これは一体どういうことなのだろうか。

 結論を先に言えば、社風に合致した人を偉くする仕組みが日本の人事制度だからだ。人の評価は社風にもとづきじつは最初から決まり、人事制度はそれを事後的に追認するための仕組みに過ぎない。社風の違いがそのまま出世人材のキャラクターの差に現れてくる。そのメカニズムを日本の雇用慣行や人事システムを俯瞰しながら考えていこう。

 だいぶ変わりつつあるとはいえ、日本企業、特に大企業においては、まだまだ終身雇用と年功型賃金が人事システムの中心となっている。これに新卒一括採用が加わって「日本的雇用慣行」が完成する。大学を卒業して社会人になると、そのまま30年以上も同じメンバーと同じ組織で過ごす……このような日本型労働市場において最も重要な人事制度の機能は、社員の「選抜」を行なうことにある。係長→課長→部長→役員と進み、そして極言すれば社長を選ぶことが日本の人事の最大の役割なのだ。

 一方、「選抜」の反対側には、仕事ができず会社の役に立たないと判断される人も当然出てくる。この点からは、人事の役割は「選抜」ではなく「選別」と表現したほうが適切かもしれない。

 いずれにせよ、そのような状態が長く続けば本来は会社を辞めてもらうべきだろう。しかしながら日本の特殊な労働法制下ではどんなにダメな人であっても簡単にはクビにはできない。このため日本の企業は構造的に人員余剰の状態にある。となると、必要があってもなかなか社外から人を採るということにはならない。まずは社内人材を活用する、要するにすべてを社内の人間ですませるしかない。

 すると、一定のロジックの下、社内人材について序列をつける必要が生じる。その序列にもとづいて人材の配置をするためだ。優秀な人は社長になり、そうでない人は窓際でやってもらう。日本の人事制度の最重要課題が「選抜」と呼ばれる理由である。

 この選抜・選別のためのツールが人事評価制度だ。日本の人事制度においては、評価・昇進・処遇ということが最も重要だが、まずは「評価」がスタートとなる。すなわち評価結果に応じて資格や等級などの昇進が決まり、さらにそれにリンクして給料が定まる。

 年収のもう一つの構成要素であるボーナスも、(業績)評価にもとづいて決まる。日本の多くの企業において、ボーナスが「月次給の○ヵ月分」という表現を用いていることを考えると、いずれにせよ人事評価が報酬を規定している。

 表面的な仕組みは日系も外資も大きな違いはない。決定的に違うのは、日本の企業がいわば「社長の選抜」をも遠く視野に入れて人事評価を行なっている点だ。トップリーダーとなれば、会社の進むべき道を考え、多くの人を引っ張っていけるポテンシャルや素養が重要である。意識・情意・姿勢・見識など数字に表しにくい定性的な評価が必要になる。日本企業の標準的な評価制度において、目標管理にもとづく業績評価に加えて、行動特性やプロセスを見るコンピタンシー評価を重視しているのはこのためだ。

 この結果、どこの会社も似通った人事制度になるが、表面の精緻さとは裏腹に、実際の運用は多分に「好き・嫌い」に近い感覚的な評価になりがちだ。たとえば、コンピタンシー評価で考えてみよう。コンピタンシー評価とは、高い業務成績の実現と相関関係が深いと思われる行動特性を何項目かに整理し、対象の社員が各項目についてどのくらい該当するかで評価するというものだ。

 「関係構築力」であれば「積極的に人と関わり、良好な関係を築くことができるか」、「コミュニケーション力」であれば「相手の気持ちを理解し、また自分の意見をわかりやすく伝えることができるか」といった具合だ。この問いに対して5段階で評価しろと言われても、何をもってAなのか、Bなのか、よく判断がつかないというのが誰しも感じるところではないだろうか。言い換えればどの評価をつけてもOKなのだ。となると、お気に入りの部下であれば甘い評価になるのは人情で、逆も真なりである。

 「それでいいのか」と思われるかもしれないが、そういうものなのだ。上司が「好き・嫌い」で評価をしたとしても、その背景には社風が存在し、その暗黙の指示にしたがって同類のDNAを受け継いでいくプロセスと考えられるからだ。

 人事制度は似ていても、実質的な人事評価者は会社ごとに異なる社風であり、いわばその好みで人物を選んでいく以上、会社によって出世タイプが異なるのは当然である。


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